よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

映画『人の望みの喜びよ』

インディペンデントの本作、主役の姉弟の姉を演じる大森絢音さんが豊橋出身(というか在住)という縁で、穂の国とよはし芸術劇場プラットのアートスペースにて本日3回上映。本来は2回だったのだけれど、チケットの売れ行きが好調で急遽3回に増やされたのだそうだ。私は早々と2か月も前から購入していた。

 

震災で両親を亡くした小学生の姉と幼い弟。弟には両親が死んだことは知らされないまま、親戚の家に引き取られる。姉の春奈は、がれきに埋まった両親を助けられなかったという罪悪感と、弟に嘘をついている負い目を感じて苦しみながらも、面倒を見てくれている叔母家族に遠慮して自分の気持ちを封じ込めて暮らす。

 

幼い弟翔太は日に日に両親に会いたい思いを募らせる。姉弟を受け入れた叔母は二人に心を砕く日々を重ねるうちに知らず知らず疲れ、その息子は母親が二人にばかり注意を向けているようで寂しさを募らせ、ある日ちょっとしたことで家族はいさかいをする。

 

それを見てしまった春奈は弟の手を引いて叔母の家を後にする・・・。

 

 

監督がどうしても『人の望みの喜びよ』という題名で作りたかったという作品。ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門スペシャルメンション賞を受賞したそうだ。確かに極力セリフを少なくした脚本、何気ないシーンのこれでもかというほどの長回し、印象的なピアノのBGM、美しく希望を象徴するような水中から見た太陽のシーン、唐突にプツンと切られるラスト・・・と、かなりファンタスティックで余韻を感じさせる作り方になっている。

 

対照的に葬儀や斎場のシーン、叔母の家族の描き方は現実的な印象だ。姉が新たに通う学校の教師も通り一遍の俗物的な描き方をしている。姉弟二人が極端にセリフが少ない。姉は心理的に無理もないと思うけれど、5歳という設定の弟に現実味がなさ過ぎる。もしかしたらこの子は、イエスとか追いつめられた苦しい人間を救う存在の象徴なのか?

 

大森絢音さんは、このセリフの少ない難しい役を見事に演じている。特に、押さえていた悲しみや悔いが籍を切って溢れ出すシーンは素晴らしかった。弟の翔太くんは本当に穢れを知らぬ天使のようなあどけなさで、この映画に説得力を待たせている。この二人の素晴らしい子役がいることで、危ういバランスのこの作品が素晴らしいものになったのかも知れない。

 

あまりに厳しい状況にある人に、どう対するのが良いのか・・・。情をかけることは気持ちの良いことであるが、それがかえって相手を傷つけることもある。優しげにすることのたやすさと残酷、本当に責任を持つとは・・・。考えさせられる作品だった。

 

 

上映後杉田真一監督と主演の大森絢音さんが登場。監督さんは阪神淡路大震災を14歳で経験なさっている。絢音さんは現在16歳で、すっかり女らしい雰囲気。今後どんな女優さんに育っていかれるか、楽しみだ。

 

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