よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『薔薇窓』帚木蓬生著 さすがのパリ

 またまた小さめの活字でほぼ600ページという大長編。文庫版は上下に分かれて出されたようだが、ハードカバーは一冊でずっしり重たい。

 

帚木蓬生さん、初めてだ。『薔薇窓』はゑぽむさん(id:EPOM)のご紹介。著者の略歴がすごい。東大の仏文を卒業後TBS勤務ののち九州大学医学部を卒業した精神科のお医者様だ。作家としては吉川英治文学新人賞山本周五郎賞柴田錬三郎賞などを受賞している。一人で何人分の才能を独占しているの?と思ってしまう。

 

作品の舞台は1900年のパリ。おりしも10年ごとの万博が開催され、世界中から観光客も集まっている華やかな街で若い女性の誘拐事件が起きる。主人公は女性にモテモテだけれど、過去の悲劇的な経験の影響か少々気弱な感じのするラセーグ医師。パリ警視庁付きの精神科の医師だ。日本では明治時代に当たるこの時期に、精神を病んでいる犯罪者のために、すでに警察に専属の医師のいる制度に感心する。

 

物語はラセーグを取り巻く女性や友人隣人に、彼に一方的に恋心を抱きストーカーのように付きまとう美貌の伯爵夫人がからみ、さらに誘拐事件が連続して起こり・・・と、さまざまな物語が重層的に展開していく。

 

怪我をし髪は乱れ服は破れてひどく怯え、精神を病んでいることを疑う状態で保護されて、ラセーグのもとに連れてこられた若い日本女性「音奴」。まるでフランス語が分からず、生い立ちもどうしてパリに来たのかも分からない。この音奴が周囲の愛情に包まれて、だんだん心の平安を掴み、いきいきとした女性に変貌していく様子も楽しい。女性の誘拐事件も、伯爵夫人のストーカー行為も 暗く辛い話だけれど、全編を通してこの音奴の若さや清純さが救いになっている。

 

日本刀の鐔を蒐集するラセーグのいきつけの店の主である林も、フランス語が分からない音奴のために協力を惜しまない。純粋に日本のすぐれた美術品をヨーロッパに紹介したいという情熱で20年パリで仕事をしてきた林だけれど、日本から万博の視察などでやって来る役人は、何の肩書も持たない民間の商売人である林をばかにし、利用するだけ利用する。このあたりの肩書やレッテルを重視する日本人の意識は、この頃から少しも変わっていないのだろうなと思わせる。

 

たっぷり字数を割いてなされるパリの街の細やかな描写は、暮らしたことのある人には懐かしいだろうし、私のように全然行ったことがなくても、まるでこの物語の時代のパリにいるかのように思わせ楽しませてくれた。

 

 

若い女性の誘拐はついに6人まで及ぶが、万博が閉幕する前にラセーグの推理や分析で犯人が特定でき、友人である警視も辞職に至らずに解決する。ラセーグと音奴は・・・。途中少々陰惨な場面もあるけれど、ラセーグの下宿の女主人とそこの住人たちの素朴な温かさや、主人公ラセーグの無欲な学究的生活態度とそれにふさわしい清楚な音奴など、登場人物たちの暮らしぶりに爽快な読後感が得られる。

 

 

  

主人公ラセーグが愛してやまないサント・シャペルの薔薇窓


サント・シャペル (トリップアドバイザー提供)