よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

女子刑務所も高齢化

夕方のニュース番組の特集で岩国女子刑務所の高齢化問題を扱っていた。女子刑務所は全国に10か所しかないそうだ。男性の刑務所も過剰収容や高齢化が問題になっているけれど、この岩国女子刑務所も同じで、現在過剰収容の360人、うち60歳以上が117人だそうだ。

 

画面には3畳ほどの本来は独居部屋である部屋を2人で使っているところや、居室から作業場に移動するのに、手押し車(いわゆる老人車)に掴まってヨロヨロしながらやっと歩く受刑者と、マンツーマンで彼女に付き添う刑務官を映し出していた。

 

作業でも認知症を発症している受刑者は、紙の指定された場所にゴム印を押すだけの単純作業もできない。すぐトイレに行きたがる。そしてトイレの場所も分からず、電気をつけることも一人ではできない・・・という状況だった。これでは管理にどれほど人手が余計にかかることだろう。

 

食事が終わると高血圧などの持病の薬を飲ませなければいけない受刑者も多く、彼女らの受診料や薬代も国の負担で、その費用が全国では年間5~60億円に上るそうだ。

 

夫の年金で生活していたが、その夫が病気になって施設に入り年金のほとんどをその利用料で支払わねばならなくなり、生活に困窮して70代で初めて犯罪に手を染め入所したという者もいた。あるいは20代で窃盗で何回か刑務所に入ったが、結婚後は子育てなどに追われて犯罪から遠ざかっていたのだけれど、子供が巣立ってから再び置き引きを繰り返すようになった、孫にお金をやると喜ぶし・・・と言う者もいた。

 

本当に生活に困って罪を犯してしまう人には福祉が手を差し伸べれば解決できるが、経済的に追い詰められている訳でもないのに犯罪に走ってしまう場合が少なくないようで、こちらは少々厄介だ。

 

この特集の後、少なくとも11人を殺しているらしいというロシアの68歳の女のニュースをやっていたが、彼女は住むところがないため刑務所に入り、刑務所で自分の生を終えたいようなことを言っていた。単純に住むところがないだけなら、こうしたケースも福祉が援助すれば済む話だけれど、たぶん問題はそんなに簡単ではないだろう。

 

画面で見る彼女は赤いセーターを着て、両手で顔を覆ったりして見せるが、指の間からこちらを覗く姿は、十分観客を意識した女優のようなしぐさで、自意識の強そうな内面を感じさせた。おそらくこの女の場合は住むところとかお金の問題だけでなく、「自分をいかせる場」というか、「自意識を満足させる何か」が必要なのだろう。(さらに彼女の場合は精神も病んでいそう)

 

生活の困窮とか相手に対するどうしようもない憎しみといったはっきりとした動機は対処のしようもあるだろうが、何となく満たされず、心に空洞を感じ(本人は意識していない場合も多いと思うが)て、それをなんとか埋めようとあがいた結果の犯罪は厄介だ。

 

以前にも取り上げたけれど、近頃増加している高齢者の万引きも本当の困窮より、支払い能力はあるのに万引きしてしまう、厄介な方のケースが多いようだった。

 

昔は年配者に敬意が払われていただろうし、年をとってもそれなりに役割があった。農業の場合はもちろん定年など関係なく動ける間は現役だったろうし、孫の守りだの台所仕事だの家族の衣類や夜具の世話など、家事も際限なくあって老女は退屈する暇もなかっただろう。

 

生活が都市化し、サラリーマン化し、家事は電化とアウトソーシングですっかり楽になってしまった。いっぽう寿命は延び現役を引退したあとも長い長い老後がある。子や孫がいても、孫が中学生くらいなると部活やら何やら忙しくなり、あまり年寄りのところにも寄り付かなくなる。

 

このあたりから、自分で役割や楽しみを見つけていける人とそうでない人との、大きな差ができて来てしまう。お金のあるなしではない。性格や能力と努力だ。ちょっと自分の周囲を見回す気持ちがあれば、いくらでも役割は見つけられる。

 

ただ、性格だ能力だ努力だと簡単に言っても、それが1程度の努力で済む人もいれば10倍も大変な人もいる。昔なら地域の結びつきが強かったので、そうした人でもなんとなく社会に取り込まれていたのだろうが、人と人がバラバラになってしまった現代はそこが問題だ。

 

 

私の町内では、周りの大きな町内の老人会に入れてもらっていたのを、だいぶ以前にやめてしまったようで、老人会というものがない。全国では世話役をする人がないなどの理由で解散する老人会も増えているという時代に、我が自治会ではこのたび老人会を発足させることになった。先日60歳以上の住人を集めて発足の可否を確認する集まりがあった。2人の男性が(へ)理屈っぽく反対の意見をしつこく言いたてたが、結局何人の参加でもいいからまずは始めてみようということになったのだ。

 

会員が30人以上なら市から補助金が出るのだそうだが、とてもそれだけは集まりそうもない。住人は超高齢化しているので相当対象者はいるはずだけれど、「老人会」というものに抵抗を感じる人も少なくないことだろうし、とにかく人と群れたくない人もいるだろう。市では少々お金を出しても、住民同士が面倒を見て孤独死を減らすことができれば御の字なのだろう。

 

せっかくある会を解散する所もあるくらいだから、始めてみれば厄介なことも出てくるかもしれない。それでも、私は「とにかく始めてみましょう」と提案した。お金などかけなくても楽しくやろうと思えばできるでしょ(おとくい!のセリフ)と。

 

私自身は自分で勝手に楽しみや役割を見つけているけれど、一人では見つけられない人に手を貸したい。そういう人ほど地域のこうした集まりにも出てこないので簡単ではないと思うが、老人会を作ることでまずは一歩踏み出したい・・・って、ああっ、また走り出してから考える気だ、私。

 

 

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みなさまご心配お掛けしました。

今日は少し、食欲が出てきましたよ。   byドリーム