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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

弘前ねぷたをライブ映像で見物

暮らし 四季

私は缶ビールを飲みながら、弘前ねぷたライブカメラ映像を見物しています。

ちょっと前まで固定カメラで、しかも小さな画面で、

その上配信が始まると回線が混雑してアクセスがままならなくなったりと、

映像を見るのも一苦労だったのに、

そんなこと遠い昔のようです。

 

今はカメラアングルが随時変わるし、

画面はフルスクリーンに出来るし、

回線の混雑もまるで関係なし。

インターネットを取り巻く環境は日進月歩どころか、

分進時歩って思うくらい目覚ましいね。

 

おやおや、「笹森町」が「十年連続賞」だって。

私たちが住んでいた頃に参加していたら、

きっとうちの次男も笛を吹くか太鼓を叩くかしてたことだろう。

でも、素朴な田舎のねぷたもあれはあれで良かったかな。

おお、「境関(さかいぜき)」の絵師は龍仙さんじゃなくなってるよ!

もうきっと大御所になっちゃんたんだろうね。

松原町会」は相変わらずすごい統率力。

ちびっこが「ヤーヤードー」でくるっと回って見栄を決めるの、可愛い!

「がほんず」(津軽弁でオオバカ)、相変わらずバカやってる・・・。

 

去年不幸な事故があったからか、電動式で上下するねぷたはほとんどないね。

と言うより、そもそも土手町の通りに電線が無くなってスッキリしてる。

電動式上下動なんて不要みたい。

電線がないと見た目もスッキリだしねぷたの高さも関係なくなっていいけど、

ねぷたの上部がパタンと畳まれたり、

長い竿でもって電線を持ち上げたりするところにも堪らない風情があったのにね。

ねぷたの上に乗ってる人が「ピピッピーッ」って笛吹いて指図したりして・・・。

なんだかそれらが無くなっちゃって寂しい。

 

全部のねぷた運行が終わって「本日の運行終了」の表示があって、

パトカーが通って、見物人がバラバラと崩れ出すのを見ていたら、

なんだか胸が締め付けられちゃいました。

ねぷたにはあまりにもたくさんの思い出が詰まっていて、

みんな楽しい思い出ばかりなんだけど、なぜだろうね、せつなくなるのは・・・。

 

あぁ、ねぷた評論家!の次男坊とビールを酌み交わしながら、

このライブ映像を見たかったよ。

この絵の絵師は誰それ、場面は水滸伝の〇〇の場面、なんて講釈が聞けて、

楽しさ倍増だったよね、きっと。

息子も仕事を終えた後、ネットにアップされたねぷたの映像を見ながら、

ビールを飲んだりしてるのだろうか。

 

次男坊が1歳と11か月で初めてのねぷたを見て魅入られてから、

長い長い時間がたったんだなぁ。

今年もパパに抱っこされて、あるいはママにベビーカーを押されて、

未来のねぷたフリークたちがいっぱい参加していた。

津軽の血は何十年たっても脈々と受け継がれていってる・・・。

 

良かったなあの地に住んで、

こんなに素敵な心のふるさとを持つことができて・・・。

 

津軽に乾杯!

 

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息子たちが子供の頃。

婚家のある田舎の町の子供会のねぷたに、

ねぷた狂だった次男はよちよち歩きの頃から毎年必ず参加していた。