よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『漱石の長襦袢』半藤末利子著

キンドル版で半藤一利さんの『昭和史』を読んでいるときに、市民館の図書室で奥様のこの本と遭遇した。もうこれは読むしかないでしょ、と借りて来た。

 

私は特に漱石ファンではないけれど、割合と漱石の本は読んでいる。若い頃、日本の作家の小説はどうも陰気で好きになれないと、勝手な思い込みで敬遠することが多かったが、漱石はやはり最初に読んだ『吾輩は猫である』のお蔭でその対象から除かれたらしい。

 

夏目漱石の孫で、松岡譲の娘で、半藤一利の妻。もうどうしたって書く宿命の人、という感じがするけれど、意外にも最初の作品『夏目家の糠みそ』は2000年に出版されている。半藤末利子氏65歳である。

 

普通の妻や母や嫁の役割をして、やっと母や嫁から解放されて書く余裕が持てるようになったということだろうか。編集者などから書くことを求められたようなので、自らは書きたい欲求は特になかったのが、求めに応じているうち才能が目覚めたものか。

 

歯に衣着せず、漱石の高弟をバッサバッサと切り捨てる。講演のお礼の多寡に正直に一喜一憂する。飾らない性格が心地よい。著者にとっては祖父母に当たる漱石や鏡子夫人についても、隠しておきたいであろう部分まで臆面なくさらけ出す。

 

けれども、夏目家のことより本来書きたかった実父松岡譲についての本が未だ出版されていないところを見ると、近しい人、愛情の強い人のことを書くのは難しいのだろう。著者が切って捨てた漱石の高弟たちに対し、結果的に松岡については褒めることになるであろうことに、著者の性格では潔しとしないものがあるのかも知れない。誰か第三者が書いてくれたらそれが一番いいのにと思っているのかも知れない。

 

 

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本日もサイレントスタンディングに参加。ほぼ昨日と同じくらいの人数。明日はリレートークがあるということで、少しでもいいから話してくれませんかと頼まれた。申し訳ないけれどお断りした。「サイレントだからこそ参加しているんです」と言ったらすぐ納得してくれたので良かった。ごく普通の人が参加しているという印象を受け取ってもらえるよう、こうした運動をしなれている人たちのような服装をせず、いつもの自分のまま、ワンピース姿などで参加している。珍しいと思うのかじ~~っと見ていく人もいる。作戦が奏功?

 

 

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