よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

年金12万円は気の毒なのか

東京新聞の7月8日の記事。

www.tokyo-np.co.jp

これを読んだ方々はどう感じるのだろう。やはり同感する方が多いのか。

 

貧困問題の報道を目にする時、私はいつも違和感を感じてしまう。それは私自身がほとんどその問題となる人たちと違わない程度の経済状況の中で生きているからだ。それでも別に暮らしに困るでもなく、むしろ自分のことより人のことや社会のことに頭を悩ませることの方が多い。

 

困っている人に心を寄せることは大切なことだし、援助も必要だろう。けれどもその人の問題点がどこにあるかをきちんと見極め、適切な対処をすることはもっと大切だ。まして国の借金が恐ろしいほど嵩んで未来世代に希望も手渡しがたくなっているのだから、公的な援助とて打出の小づちでもない限り際限なく出せるものではない。

 

そうした報道に接していつも真っ先に感じるのは、生活空間の乱雑さだ。大抵部屋じゅう足の踏み場もないほど散らかっている。あれほど乱雑では必要なものを見つけられないし、よって同じものを2つ3つと重ねて買ってしまうことも多かろうと思う。そのうちどこかに隠れた古いものは使用不能となっていくだろう。ひとつひとつは大した金額のものではないとしても、その精神が積もり積もるものは大きい。

 

暮らしの空間が乱雑だということは、日々の暮らしそのものを大切にしていないからではないか。かつて仕事で多くの高齢者と接して思ったことは、人に面倒を見てもらう立場になった時のために、人間は適当に大雑把なほうが良いということだった。私は潔癖症の母親に育てられ、結構きれい好きの性質だったけれど、このことに気付いてからなるべくテキトーに暮らすように心掛けている。

 

それでも大抵貧困報道に接すると、常軌を逸した乱雑さに唖然とさせられる。この、生活に対する基本的な姿勢を改めさせなければ、援助したところでまた同じことに陥らないかと心配する。おそらくお金の使い方にも同じ無計画性や無神経さがあるように思う。

 

人は生まれながらに平等ではなく、生きていく過程でさらに運に恵まれるものやら不運にばかり見舞われる不公平もある。老年になって苦しい生活をしているということは決して幸運に恵まれはしなかったのだろうが、働いていた時から将来を見越して備えていたのか?と疑問に思うことも多い。

 

結婚もせずしたがって子供もなく、頼れる身内もいないとなれば、いずれ年をとり自分の身の始末に困る日が来ることは目に見えているのだ。以前こうした報道の中で見た男性の高齢者は「こんなことになるとは思わなかった」と言っていた。高度経済成長期からずっと一人で働いてきた人だった。貯蓄はできなかったのだろうか。若い時は自分が年取るなんて思いもしないが、40歳くらいになれば嫌でも老化を意識し始める。その頃から備えたとしても、考えながら暮らして来れば現在の状況はかなり違っていたのではないかと思う。

 

過ぎてしまった時間を責めてもなんにもならないので高齢者の場合は仕方ないとしても、シングルマザーや若い女性の貧困を扱っているときは特にこういう思いを強くする。ただ視聴者の同情を引く見世物として取材するのではなく、相談すべき関係機関を紹介してあげてほしい。

 

そして関係する機関はただ経済的援助だけを考えるのでなく、当面の生活を立て直した後のために、合理的で無駄のない生活の仕方を指導してほしい。そこまで職員の手が回らないというのであれば、きちんと計画的な生活ができるようになるまで、NPOやボランティアなどに指導や見守りを委託したらどうか(引き受け手はきっとたくさんいる)。

 

生活する地域によって多少違うかもしれないが、住居問題さえ解決できれば、年金12万円あれば十分安心して暮らすことができる。現在まだ年金支給開始年齢に満たない私はもちろんその半分もないが、厚生年金の期間の短い私は満額受給できる日が来てもこの新幹線事件の男性だけ受け取れない。親の財産を相続した訳でもなく、別れた夫からもびた一文受け取った訳でもないが、それでもちゃんと楽しく生きていけるのだから、私にとってはメディアの貧困問題の切り取り方は甘く見えて仕方ない。

 

長い期間で考えると、公的住宅をきちんと整備することが重要だと思う。住むところさえ解決すれば、年金も生活保護費も今より少なくなっても充分暮らせると思う。どこの自治体も財政難の今、公営住宅の建設は大変だろうが、一人の人間が生涯にすると何千万とか億単位の年金を受け取ることや生活保護費の増大を考えれば、こちらを充実させて個々の手当てを減らしてくいく方が経済的だろう。

 

高度経済成長期にはマイホームを持つことが、あたかも人生双六の上りであるかのように思い込まされて多くの人が仕事に励んできた。でも今は上場企業でさえ明日はどうなるか分からない時代だ。30年ものローンを組んで、しかもその途中で改修さえしなくてはいけないような住宅を持つのは危険すぎる。そのうえゲリラ豪雨だの大地震だの火山の噴火だのと、自然災害も多い国に住んでいるのだ。もっと質の良い公的住宅の建設を求めたり、日本人の住まいに対する考え方を大転換する必要があると思う。

 

お偉い方々がメディア批判をして問題になっているが、あれだけ気にするということはまだまだメディアに影響力があるということだ。だからこそ、報道に携わる人たちは、手近な数字にばかり気を取られないで問題の本質に迫り、人々に気付かせてほしい。限られた国家予算を、大切な税金を、どう使うのがより多くの人や将来のためになるのかということに・・・。

 

 

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特別なあんにもなくったって・・・寝るとこがあって食べるものがある

・・・。なんてシアワセ。