よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

高齢者の大きな関心事なるもの

いぬじんさんが昨日付のブログで、高齢化社会について書いていらした。

 

inujin.hatenablog.com

 

高齢者の大きな関心事が「いつまでも健康でいること、家族と触れ合えること、そしておいしい食事」という結果に、いぬじんさんは「そんな年まで生きても、それぐらいしか楽しいことないのか」と思ったそうで、私もまったく同じように感じた。

 

高齢者の問題がまだ少し先の他人事(ひとごと)であるいぬじんさんと違って、もう私は当事者と言ってもいい。一昨年仕事を辞めて時間に余裕のできた今は、気分はほぼ年金生活者(生活できるほど年金はいただいていないが)だ。

 

健康や家族や食事が美味しく食べられることはもちろん大事なことだけれど、それは当たり前の基本としてあることで、とりたてて関心を向けるなら、もっと大切なことがあるでしょと思う(もちろん心血を注いでやっと生きていける状態にある人は別として)。

 

ジムでトレーニングに励んだり、カルチャー教室でダンスを習ったり、温泉旅行グルメ旅行も結構だけれど、その何分の一かでも社会のために、他人(ひと)のために使おうよ、と強く思う。

 

30年後は3人に1人は高齢者という社会になり、いつまでも働き続けなければならないような時代になりそうだけれど、それをいぬじんさんは、ひどい貧乏クジを引いたなと思わなくもないけれど、おいしいものを食べたり孫とたまに遊ぶだけが楽しみな人生よりも刺激があって、それはそれで悪くないととらえている。どう考えるかはまさにその人の気持ち次第だ。

 

不思議なもので、若い時は自分が老人になるなどとは考えもしない。呑気な私だけのおめでたい現象かと思ったら、結構多くの人が口にするし、そのように書いているものもよく見かけるので、どうやら若さとはそういうものらしい。どんなに偉くてもどんなに金持ちでも、こればかりは避けられない(将来これもお金さえあれば避けられるようになるかもしれないが)ことなのに、面白いことだ。

 

30歳くらいからジンワリと体の変化に気付いて驚き、40歳くらいから「老化」を意識する場面が増え、60代ともなるともはや経年劣化したおのれの肉体から目をそらすことはできない。年をとるということは、意外に変化しない心と、どんどん劣化していく肉体との折り合いをつけることであったのか、としみじみ思うこのごろだ。

 

けれども若さは失われていくからこそ尊いのであり、健康も損なわれるものであるからこそ有難い。「星の王子様」流に言えば、「はかないものは美しい」のだ。永遠に続く若さや、損なわれることのない健康など、誰も愛でたり有難がったりしないだろう。

 

「超高齢社会は、老人だらけの弱々しい、死臭漂う世界かもしれないが、だからこそ生きる意味や命のかけがえのなさについて深く考えるチャンスに恵まれるだろう。それを生かすか殺すかは、未来の高齢者たる、ワシらにゆだねられている。」と、いぬじんさんはすこぶる前向きにとらえている。

 

政治家も「高齢化が問題だ」と暗い顔ばかりしているが、いぬじんさんのようなポジティブな考え方をする人が増えるよう、ちょっと先を行く初期高齢者の私としては、家族や食べ物だけじゃない、視野の広い、新しい高齢者像を作り上げていきたい、なんぞと思うのである。

 

高齢者よ大志を抱け!

 

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あたくしオーガストは、猫といえど常に世界平和を願ってますのよ。

まだ目が見えていた頃、窓から世界を眺め瞑想・・・。