よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

昔のブログから 市原悦子さんの「朗読とお話の世界」

今日は、9年ほど前、まだ会社に勤めていた時に、「はてな」ではない別のところで書いたブログを披露しようと思う。

 

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市原悦子さんの「朗読とお話の世界」に行って来ました。 あいにくの天候でしたが、私が到着したとき、 すでに会場はほぼ埋まろうとしていました。 大きな観葉植物(たぶんアレカヤシ)ひと鉢と椅子、 水差しののった小さなサイドテーブルの他はマイクだけというシンプルな舞台。

 

そこにカラフルなワンピース姿の市原さんが登場し、 戦後の食糧難の経験談をポツリポツリと語りだすと、 たちまち聴衆は市原さんの世界に引き込まれてしまいます。 ご自身のお話の後にご当地の民話をひとつ、 そして3歳から7歳くらいまでの子どもたちの詩の朗読。 市原さんの朗読の力もさることながら、 子どもたちの鋭い観察眼や豊かな表現力の素晴らしさにも大いに感心させられました。

 

そして中休み的な「質疑応答コーナー」。 市原さんにすればもう予測済みだったかもしれませんが、 恐ろしいような沈黙! その沈黙を破ってあの独特の声で、 「この緊張感がいいんですよね~」。 これで一気に雰囲気が和らぎ一人目の質問者の手が上がる。 そしてふたり、3人・・・。 無事予定時間消化。

 

ここでまた雰囲気は一変し朗読へ。 作品は野坂昭如さんの戦争童話集から「凧になったお母さん」。 B29の焼夷弾によって火の海になった街の中、 5歳の「かっちゃん」の手を引いて逃げ惑うお母さん。 小さな公園で火に取り巻かれ灼熱地獄の中、 なんとかかっちゃんを助けたいと、 自分の体から出る汗、涙、乳、そして血、と、 あらゆる水分を絞り出してかっちゃんの顔や手足を湿らせる。 そして自身はからからの干物のようになって、 とうとう暑熱の後の強い風に吹き上げられて空に昇っていってしまいます。

 

お母さんが自分の命と引き換えに守ったかっちゃんは、 5歳なのに老人のようなうつろな顔で、 お母さんが戻ってくるはずの空を見上げていますが、 やがてかっちゃんの軽い体も空に吹き上げられてしまいます。

 

朗読を終えて、 市原さんは今もたくさんの戦争や飢えがあることに触れ、 少しでもそれらがなくなることを願っていると結ばれました。 私自身、「朗読」ではないが音訳という活字を声にする活動をしているので、 市原悦子さんという怪女優の語りに期待を持って出かけたが、 期待以上のすばらしい舞台でした。

 

また市原さんも「贅沢ですね」とおっしゃっていましたが、 会場が350席ほどという大きさで、 椅子は応接室のソファのようにゆったりしていて、 こうした、朗読を聴いたりお芝居を見たりするには、 理想的な空間だったことも心地よさの要因のひとつかもしれません。 (よんばば注:会場は豊橋市の隣の田原市のホールでした。やっぱりトヨタ効果?)

 

昨日は名古屋の美術館、 今日は巧者の朗読に酔うという、 心の栄養補給いっぱいの休日を過ごし、 明日から始まる10月の仕事に爽やかに取り組もうと思います。

 

 

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いま読み返すと、すでに忘却のかなたになってしまったこともあるのだけれど、「この緊張感がいいんですよね~」は鮮やかに記憶されていて、ときどき関連のある話の時に引用したりする。どうするの、この気まずくて重い重い沈黙・・・といたたまれない気持ちでいた時に、スパーッとそれは鮮やかに、まるで舞台のどんでん返しのように空気を変えてしまった。まさにプロフェッショナル。

 

戦時中は家の庭はもちろん、ちょっとでも空き地があれば耕してイモなどを作ったと仰ったことも憶えている。とても若々しいのに、戦時中に女学生だったというのがなんだか不思議な気がした。演劇の世界でもこうした戦争体験世代がいなくなると、芝居や映画の中で、本当の戦争の悲惨さが伝えられなくなっていくのではないかと心配だ。

 

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