よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

昭和30年の女優、男優たちー映画『あした来る人』を見て

目にした時刻が信じられず、思わず柱時計を見直した。もう5時近い?!そうか、おやつの頃からGyaoの無料映画を見始めたのだから、不思議ではない。随分日が長くなったものだ。

 

『あした来る人』という1955年の日活の作品を見た。山村聰さんが白髪で恰幅の良い財界人で、ヒロインの父親として出ている。現代なら60代か70代といった雰囲気だけれど、おそらく設定は50代くらいだろう。でもこの時点で山村さんはそんな年齢だろうかと疑問に思い調べてみると、なんと45歳だった。キムタクとほとんど変わらない!

 

笠智衆さんも随分若い頃から老け役が多かったそうだけれど、概して昔の俳優さんの落ち着きぶりには驚くことが多い。いや、現代人がいつまでもモラトリアムすぎるのか。長生きになった分、子供時代も青春時代も引き延ばされ、大人になるのに時間がかかるようになったのだろうか。

 

この映画に出ている女優は、一人は山村さんの娘で若妻の設定の月丘夢路さん。撮影時33歳だけれど、和服で髪もまとめていて、現代なら40代でもこの落ち着きはないかもしれない。もう一人は洋裁店を経営する新珠三千代さん。撮影時25歳。森英恵さんのファッションを着こなし、大人の女の魅力があふれている。今ならアラフォー、アラフィフで通るだろう。

 

そして主演の若手の男優は、三国連太郎さんと三橋達也さん。どちらも32歳。やっぱり現代の同世代とはまるで違う。三国さんは魚のカジカの研究に没頭している研究者の役で、どちらかといえば浮世離れしている設定なので幾分若々しい。

 

そして、その三国さんを見て、改めて血は争えないと感心した。顔立ちは息子の佐藤浩市さんより父上の方がずっと男前だと思うけれど、ちょっとしたしぐさとか動き方が驚くほど佐藤さんと似ていた。DNAって本当に不思議で面白い。

 

 

ストーリーは三橋さんと月丘さんは夫婦なのだがしっくりいっていなくて、月丘さんはふとしたことで知り合った三国さん(5年前に妻を失くしている)にひかれる。夫の三橋さんの方は、デザイナーの新珠さんにひかれるのだけれど、この人のパトロン(男女の仲ではない)は義父である山村さんという、男女の行き違う愛の物語。でも昭和30年の映画はさすがにドロドロはせず、終わり方も余韻があった。

 

山村さんの妻は登場する時いつも猫を抱いているだけの奥様(家事は全て女中がするのだろう)。離婚を言いだす娘を何とか父親はなだめようとするのだが、娘は母親のような生き方はしたくないと強く反発する。

 

お互いに妥協し合って長く円満に連れ添う親たちの世代と、自分の生き方を求めてすれ違い傷つけ合ってしまう娘たち世代。この問題は、すでにこの頃から芽生えていたのだ。自分の生き方を求め、自分を探し、私たちは何を見つけたのか・・・。それは幸せだったのか・・・。

 

この間始まった『天皇の料理番』のネットの感想欄に、「昔は顔も見ないで結婚したのでしょうか」とあって、ああ、もうそういう設定が通じない時代になっているんだなあと改めて思った。

 

私は母から「結婚前に家に来た相手にお茶を出したけど、まさか顔をジロジロ見ることもできず、結婚式でもうつむいて座っているだけだし、終わって二人になって初めてお父さんの顔を見た」とよく聞かされた。

 

それが当たり前で、そうしてほとんどの人たちが何十年も連れ添った

 

私は反発し、絶対恋愛結婚!と突っ走った口だけれど・・・。

 

古い作品を見るのは楽しい。身なり、しぐさ、言葉遣い、何をとっても女性が女性であった。そして男性は強く頼もしかった。まあ、思い出は美化されるものだけれど。

 

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昭和20年代頃のたぶん、豊橋ではちょっとモダーンに装った女性。

(父の写真のモデルとして、母と友人。かけているのはサングラスです)