よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

周辺の猫さんたち、集会が始まりそうですよ!

今日は我が家から北の方角にある公園に散歩に行った。昼間、市民館の本の返却がてら手紙を投函しに出かけた時、うっかり日傘を忘れたら強烈に紫外線を感じたので、散歩は小暗くなる時間に出かけた。

 

この間の松根油の公園よりは大分規模が小さいけれど、ここにも「なまず池」と呼ばれる池があり、東屋、広場、ブランコや滑り台などの遊具のある遊び場、遊歩道などがある。ここにはまだ小さかった孫とよく遊びに来た。

 

今までこの公園には早朝か昼間しか来たことがなく、園内で猫を見かけたことはなかったが、今日は広場の一角に3匹もいた。1匹は公園の柵の下をくぐって丁度私の歩いている遊歩道を横切って広場の方へ行こうとしていたのだけれど、私が近づいて行ったものだから、慌てて来た道を引き返していってしまった。悪いことをした。彼あるいは彼女は、集会に遅刻しちゃったかも・・・。あるいはデートだったかも知れない。

 

 

うさぎのケージ、幼稚園バス。本来なら楽しい連想が浮かぶはずのものなのに、いまはたまらなく悲しい気分になる。子供や動物が、保護する立場にある人に愛情と責任をもって、ちゃんと守ってもらえるよう祈らずにはいられない。

 

f:id:yonnbaba:20141219135502j:plain

懐かしの映画パンフレット。

1967年のイタリア映画。主人公は在イタリアの駐英領事の長男。裕福ではあるが、大好きな母親は病気で亡くし、父親には理解してもらえず孤独な心を抱える。父親を困らせまいと気丈にふるまっていた長男の本当の悲しみを、父親が理解した時には取り返しのつかない悲劇が・・・。

子供は大人が思う以上に大人の事情を理解して我慢する。周囲の大人はそれを思いやる努力が必要だ。