よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

出口調査につかまった

今日は朝一番に(と言っても10時頃だけど)投票に出かけた。県会議員だけなのであっという間に終了。市会議員も一緒にすればスタッフの人件費一度に済むのにと思うけれど、そういう訳にはいかないのでしょうか。

 

投票を済ませて会場を出ると、NHK出口調査の人につかまった。今までもずっと投票はしてきたけれど、これは初体験だ。書類挟みに挟まれたB4の用紙に印刷された各項目に丸を付けていく。年代、性別、投票した候補者、今回重視した政策、通常の支持政党など6、7項目あった。へ~~。こういうものなんだ・・・。

 

私のすぐ前を同じくらいの年代の男性が歩いていて、この人の方が調査員の近くを通ったのだけれど、たぶんいろんな年代、男女比も偏らないようにというような配慮があって、私の方に来たのだろうと思う。

 

それにしても、このように超のつくほどのアナログな方法で集めたデータを使って、開票速報の当確などを打っているのかと思うと、いささか不思議な気がする。やはり選挙はあまりにも時代錯誤すぎる。

 

議員のなり手が減ってきていて、特に地方選は深刻で、今回は無投票になったところがあまりに多いとニュースにもなっていた。割が合わないからとか書いている記事が目につくが、本当にそうだろうか。

 

近頃の若い人はお金や権力志向はあまり強くないけれど、社会起業家などを志す人もいて、人のためになることに関心はあるように思う。むしろ、議員とか選挙というものが、すぐお金と繋がるイメージが嫌われているのではないだろうか。もっと「割に合わない仕事」という評価が浸透すれば、本当に世のため人のために働く人が出てくるのではないかと思う。

 

投票というと、公民館のようなところに出かけて、たいていの場合靴を脱いで(土足のまま投票できたのは、私の場合神奈川での選挙区のみ)ペラペラのスリッパに履き替え、地元の年配の人たちの取り囲む中、幾時代も昔の遺物のような投票箱に紙を入れる・・・。出口調査といいこの投票方法といい、時代錯誤も甚だしい。

 

選挙運動の方法もそうだ。自分が立候補するとして、あの悪趣味なポスターを貼りたいと思うだろうか。私ならイヤだ。選挙カーでがなり立てて街中を走る。駅頭などで音質の悪いスピーカーで、よく聞き取れもしない演説をする。たすきを掛けて白い手袋で握手・・・。どれを取っても「コッパズカシイ」ことばかり。60過ぎの私でもしたくないことばかりだ。

 

1995年にWindows95が発売されて一気にパソコンやインターネットが身近になった。私は1999年から使い始め、夜11時過ぎの使い放題になるとソレッとダイヤル回線でつなぎ、重たい画像は上の方からタラタラタラと表示されるような時代だった。

 

それからほんの15年程しかたっていないのに、現在のインターネットやパソコン、携帯電話などの変わりようは実に目覚ましい。

 

なのに、なのに、選挙を取り巻く世界はほとんど変わっていないのだ。インターネットを使えるようになったとは言っても、中途半端であまり役に立たず、大勢に影響するほどにはなっていない。

 

選挙運動の方法をもっとスマートにして(そうすると必然的にお金もかからなくなるはず)、そうして割には合わないけど、世の中のためになる名誉な仕事という評価が定着すれば、若い人でもどんどん志すようになるだろう。卒業時が就職氷河期に当たってしまい良い職にありつけないでいる人など、フリーターやバイトをしているよりずっとやりがいが感じられると思う。

 

現在議員をしているような、大半のおじさん、おじいさんたちは、絶対に自分の不利な土俵になるのでスマート化を進める訳がない。私たち市民が声を出していかなければ!

 

みんなで、もっと便利でスマートな選挙にして!!!って言いましょうよ。

 

もちろん、一票の重みも同じにして!!!とも。

 

 

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出口調査風景。面白ニュースサイト「秒刊SUNDAY」さんのサイトよりお借りしました。