よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

紛争の地に生きる人たち

毎日信じがたいほど悲惨なニュースが中東から伝わってくる。いったいいつになったら収束するのだろうか。

 

いま、『豊かさとは何か』の続編とも言える『豊かさの条件』を読んでいる。2003年発行の本で、後半部分に著者(暉峻淑子氏)が内線下のユーゴで行った支援の話が出て来る。そうだ、そうだった。前世紀の終わりごろ、毎日旧ユーゴスラビアあたりの紛争のニュースばかりだったと思い出した。「思い出した」・・・そう、忘れていたのだ、すでに。

 

何とか紛争が収まって10年ちょっと。今はどうなっているのだろうと思いまた例によって検索してみると、日付がなかったけれど、コソボに行った方の「もう戦闘のあとはどこにも感じられない。こんなにも復興しているのかと驚いた」という、きれいで落ち着いた街の様子を紹介する文章を見つけた。国によって多少違いがあるかも知れないが、かなり落ち着きを取り戻せているのではないかと思う。

 

中東にそんな穏やかな日が訪れる日は来るのだろうか。聖書の昔からもめている地であるし、石油という厄介なものもある。泥沼のような状況は深まるばかりのようにさえ感じる。どこにも逃げられず、そんな悲惨な状況の中で暮らさざるを得ない人たちのことを考えると、たまらない気持ちになる。

 

 

この本のユーゴについて書いている中に、ユーゴと日本の子供たちの交流のことが出て来る。日本の援助に感謝して、阪神大震災被災地の子供たちにユーゴから招待があり、その後日本側がユーゴの子を招いたりという交流があったそうだ。そうしたことを知った広島市が、平和音楽祭にユーゴの子供たちを招待することにして準備を進めた。ところが突然「ユーゴは国連から追放されているのに、そんな国の子供を招待するのはおかしい」と異議を唱える人が出て、この企画は流れてしまったのだそうだ。その異議の出てきたところが「ユネスコ」(政府機関のユネスコだと思うが)とあってびっくりした。

 

ユネスコに影響力のあったアメリカ人が難色を示したためだという。当時アメリカもユネスコを脱退していたにもかかわらずの横槍だったというのだから、さらに呆れる。私の活動しているユネスコは地域の弱小の民間ボランティア団体だから、特定のところからお金をもらうでもなく、会員の総意で自由に動けるけれど、どんな団体も大きくなると暗い部分を抱えるようになってしまうのだろうか。

 

著者たちのユーゴでの医薬品や物資の援助も、公的機関を通すと必ずと言っていいほど、横流しやピンはねがあったそうだ。この活動の様子を記した部分はかなり詳細に書かれており、紛争下の人々についても、また本当に相手のためになる援助の在り方についても、とても参考になる。

 

そして、日本での準備段階では頼りなく見えた子供たちや若者たちが、現地の大変な状況に放り込まれると、しっかり自分で考えて動ける、頼もしいボランティアに変貌したという話にうれしくなった。

 

 

宗教や民族の対立、憎しみ合い。国と国との欲のぶつかり合い、かけひき。その中で翻弄される小さく弱い人間たち。ひとりひとりはみんな同じ、普通の、人間であるはずなのに・・・。

 

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みんな、なかよくzzz・・・