よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

普通、考えないですか?世の中のこと

今日はピアノ教室のランチ会だった。場所は前回と同じ市役所庁舎の最上階のレストラン、「こすたりかシティガーデン」。

風邪やスケジュールの都合で参加できない方がいて、先生と、生徒は女性が5人、男性は1人で「いじめないでね」なんておっしゃっていたが、この方がとても多才多趣味で行動的な方で、今日の一番の話題の中心という感じだった。現代の優雅な高齢者の代表みたいな暮らしぶり。ピアノのほかに奥様と一緒に日本画も習っているそうで、正月明けの展覧会の案内状をいただいた。そのほか料理にも通っているとか。数か月おきに海外旅行にも行かれ、ピアノのレッスンを時々休まれる。今日は皆さんに資産運用の話をなさっていた。

豊橋は交通機関が不便なので車を持たずに暮らすのは難しいという話になり、私が「バス停でバスを待っているときなどに何気なく目の前を行く車を見ていると、どの車もどの車もほとんど1人しか乗っていなくて、もったいないなあと思う。縦横に小型のバスを走らせどのポイントからも乗り換え自由で一律料金のような制度にすれば、便利で利用者も増えそうに思う。私のように運転が苦手でも、不便でやむを得ず車を使っている人もいると思うから、公共交通機関さえ便利になれば車をやめる人が増えてCO2も減らせるのに・・・」と言ったらびっくりされた。「〇〇さん、すごいこと考えているんですね〜。市会議員に出たら?」と言われてしまった。

えっ、これがそんな「すごいこと」だろうか。温暖化のことを考えたり、共働きで定年退職した夫婦が現役世代より多い年金をもらって、優雅に遊び暮らしている社会を憂えたりすることは特別なことだろうか。今日施行された特定秘密保護法のこととか、みなさん心配じゃないのだろうか。

ユネスコの仲間と話していてもそうした話が常に話題になっているし、興味があって読んでいるブログでも、そういうことを論じている人は多いので、てっきり誰でもごく当たり前に日々考えていると思っていた。自民党圧倒的に有利、と報道に予想させる多くの思考停止の人々はなんだか「自分の生活圏とは離れたどこか」にいるように錯覚していた。そうか、すぐそばにそういう問題と無縁に暮らす人々がいたのだ。

ならもっと社会問題を論じれば良かった、投票日も近いのだから。でも今日のあの席であまりそうした話をしたら顰蹙を買ったかもしれない。全く政治的な話をしたという自覚のない、たった2時間ほどのランチの間のおしゃべりで、数回「やっぱり選挙に・・・」と言われてしまったのだから。



政治や選挙は特別な人が考えることではない。自分の日々の生活と関係ないことではない。政権が交代したところで劇的に世の中が変わったりしないことなどしっかり経験したけれど、それでもやっぱり関心を持ち続けていないと。政治は私たちの生活そのものなのだから。