よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

間もなく衆院選公示

今回の衆議院の解散に納得していない国民は6割を超えるらしい。けれども選挙に関心のある人はとても少ない。今までのデータと比較しても、今度の投票率はかなり低くなりそうだ。そうなって喜ぶのは組織票の強い自民党公明党。人々はそれでいいのだろうか。

解散が納得いかない。意味が分からない。だから投票に行かない、では現政権に白紙委任するようなものになる。確かにうんざりするほど野党には魅力がなくて、いったいどこに入れればいいのよ!と叫びたいくらいだけれども、それでも「より、マシなものを選ぶ」「少しでも嫌いでない方を選ぶ」しかないだろう。

内田樹さんが「資本主義末期の国民国家のかたち」という長文を熱を込めてお書きになっている。安倍さんや高級官僚たちは、アメリカのご機嫌だけを取ってその結果日本がどうなろうと、国や国民から搾取してがっぽり貯めた財産を持ってアメリカに行き、優雅に暮らすつもりなのだろう。

この国の大衆は、「放っておいてもお上は悪いようにはしないだろう」と、いつまでのほほんとしているのだろうか。何百年も何千年も運よく外国のひどい蹂躙を受けず(沖縄など一部地域を除いて)に来た幸せな日本人は、とことん落ちるところまで落ちないと目覚めないのだろうか。

これからダラダラと坂を下って行って、どうしようもない状態になるまでどのくらい猶予があるのか分からないが、いずれにしろ、私たち高齢者はそれほど痛くはない。いく昔か前であればもう人生を終えてもいい年齢なのだから。大きな被害をこうむるのは若い人たちだ。その責任があるから私は「よりマシな」投票に絶対行くつもりだけれど、当の若い人たちこそ、選挙なんてどうでもいいとか分からないと思わないで、自分の生活と、人生と、直接に関係していることなのだから、ぜひぜひ投票に行ってほしい。

民主党政権時代の悪夢がまだまざまざと脳裏にこびりついてはいるけれど、最初から失敗なくできる訳はない。まだまだ政界再編されて、もっとしっかりした政党が育てられていく必要があると思うけれど、政治家を育てるのも私たち国民だ。とにかく政治家や官僚が何をしようと、国民はノーチェックでおとなしく付いてくるなどとなめられることは避けたい。