よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『それでも猫は出かけていく』ハルノ宵子著

著者は吉本隆明氏の長女、ばななさんのお姉さん。漫画家で自称開店休業中ということだけれど、この本の猫たちを見れば、その画力が尋常でないことはよく分かる。生き生きとして、個性的で、単なるイラストではなく、読む者の心にそれぞれの猫がスルリと入って来てしまう魅力にあふれている。

ハルノさんは、家猫、軒猫、外猫と、それぞれの猫の性格や習性に合わせた付き合い方で、常に何十匹もの猫の世話をしている。しかもその大半が先天的に難病であったり、事故で心身に障害を持っていたりしてとりわけ手がかかる猫たちなのである。偉大な父上がいて経済的に不安がないとしても、これだけの世話ができるというのは並大抵の愛情ではない。

ノラで生きる猫たちの厳しい現実。避妊などしなくても、生まれて1年後に生き残る猫はとても少なく増える心配など不要なのだそうだ。それでも、人を恐れて捕獲するにも大変なノラを捕まえては手術を受けさせるのは、あまりにもあっけなく消えていく小さな命を見る辛さから自分が逃げたいからだと言う。

完全室内飼いにすれば、確実に今より猫の寿命は延びるだろうけれども、猫によってはそれでは生きている意味がなくなってしまいかねないとハルノさんは考える。だから辛い思いをしても、外に行きたい猫は外に出す。食料や寒い季節の暖を求めて来る猫にはそれを与える。猫のために冬でも窓やドアを開けておかなければならず、自分は寒さに耐えている。

理解のある隣人ばかりではない。猫たちをのびのびと生きさせるために、ハルノさんは周囲に大変な気を使って生活する。高いビルの屋上に上って降りられなくなってしまった猫のためには、体も張る。

どの猫にも均等に愛情を注ぎこまやかに気を配る彼女を、父上は「猫界の光源氏」と呼び、難病や瀕死のけがを負った猫を救い、寄り添って死を看取る彼女を、ばななさんは「猫界のマザー・テレサ」と言ったそうだ。さすが吉本家らしい比喩。

ご両親を看取り、自身のがんとも向き合いながらの猫たちとの壮絶と言ってもいいような日々。ちっとやそっとの猫好き、動物好きではできることではない。ハルノさんは猫好きであることは間違いないけれど、それ以上に「命」に対してとても敬意を持っている方なのだと思う。人間はもちろん、たとえノラのすぐ死んでしまいそうな仔猫でも、最大限の敬意を払い、その状況の中での最善の「生」を全うさせる。

軽妙洒脱な文章と楽しいイラストや漫画でスラスラ読めてしまうけれど、実は「生きる」ということについての深い洞察がある本だ。猫好きはもちろん、そうでない人にも示唆に富んだ本だと思う。


それにしても、吉本隆明氏と氏の愛人(猫)「フランシス子」の強い絆に驚かされる。氏が「ホイホイホイ」とか「ヨシヨシヨシ」などと猫をあやしていたというのを読んで、なんだか少し吉本氏に親近感を抱いた。氏の書かれた猫の本も読んでみたくなった。