よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『首都感染』高嶋哲夫著

2010年に出版された本なので、ちょうどあの、空港での検疫などが行われた新型インフルエンザの騒ぎの後で執筆されたのだろう。おりしも今は毎日のようにエボラ出血熱のニュースを耳にしているので、感染力こそこの物語のウイルスほど強くはないけれど、いかにも実際にこんなことが起きそうな気がして恐ろしさはひとしおだった。

物語の舞台は20××年。いままさに中国でサッカーワールドカップが佳境に入り、世界中から人が集まり、応援するチームが敗れるとまた世界中に散って行くというときに、その中国のある地方で強毒性の新型鳥インフルエンザが猛威を振るい始める。すでに村ごと全滅したところも何か所もあるのに、ワールドカップが終わるまでは公表などできないと、中国政府は極秘裏に対策を講じるが、感染力は強く素早く、すべて後手後手に回ってどんどん拡大する。このあたりの話の運びも、いかにもありそうで読者を一気にパニックストーリーの世界にいざなう。

やがてさすがに隠しおおせない深刻な事態になり、決勝戦は中止されるが、そのときすでにウイルスを持って各地に帰って行った人たちによって、世界中あちこちで感染者が続出し、その半分ほどはバタバタと死んでいく状況にあった。


主人公は元WHОのメディカル・オフィサー瀬戸崎優司。彼の的確な判断で日本は発症者が出ないでいたのだが、やがて東京で一人目の患者が発生すると状況は恐るべき速さで悪化していく。日本を救うためには東京を犠牲にして封じ込めるしかないと、警察、自衛隊を総動員しての東京封鎖を実行することになる。

国会にもかけず憲法にも反するかもしれないやり方でこの決断を下していくのが、瀬戸崎総理大臣。じつは主人公優司の父親だ。父と優司の間には確執があり・・・というのはよくあるパターン。総じて人物設定は類型的だし描き方も深みに欠けるけれど、物語の展開にスピード感があるので、グイグイ引き込まれ夢中で読んでしまう。

東京完全封鎖という非常事態に、散発的な反発者は出るものの、総理大臣のテレビでの呼びかけなども功を奏して、比較的人々は穏やかにじっと耐えて暮らす。他の国々と比べると二桁も三桁も少ない死者、封鎖をしても冷静に生活を続ける国民に世界中が注目する。このあたりは震災前の物語だけれど、あのときの世界の驚きと称賛が重なり、まるで予言の書のようだ。ただし、必要な知を集め、助言を聞き、断腸の決断を果敢に決めていく総理大臣や専門知識を有し冷静沈着な総理の右腕の厚生労働大臣という政治家のほうは、残念ながら現実は著しく違っていた。

近い将来このような非常事態が発生した時、この国の政府はこのように大所高所から的確果敢な判断ができるだろうか。我々国民は自分本位な気持ちを捨て、冷静に行動できるだろうか。近頃の異常気象とか感染症の流行などを見ていると、この物語のように億単位で人類が淘汰されることも起きるのではないかと思ってしまう。すでに人間は生物としては異常に増えすぎている。