よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

「幸福」と「かわいそう」

「老後破産」についての記事に、へうたむさんが長いコメントを下さった。

番組のA男さんとB子さん。
このお二人、もし潤沢な資産があったら、はたして「幸せ」と感じられたかどうか。
たぶんそうではないと思います。そして、じつはそこにこそ問題の本質があるのでは、と思います。

もう1点…B子さんの生活など、ある種自給自足で、今の都市生活者が憧れるようなものですらあります。
この番組を取り上げた全く別のブログへのコメントで拝見したのですが、「老齢期の過ごし方には外国移住や田舎での自給自足もいいのでは」と番組を見ていないと断った上でコメントされていました。
しかし実際には、そのようにむしろしばしばポジティヴに提案される‘自給自足’生活が、幸福感を伴なうとは限らないこともこの番組の重要なメッセージだったように思います。

ということは、番組の取材対象が発するメッセージ → 問題の本質を、制作者側が十分捉えていなかった、ということが最大の問題かもしれません。

私は単にNHKの浅い番組の作り方を批判したにとどまったのに対して、へうたむさんの指摘は鋭く問題の本質をついている。NHKもこれくらい突っ込んでくれたら、見ごたえのある番組になったのではないかと思う。

確かにB子さんの暮らしぶりなど、ある方々にとっては羨ましいものだろう。しかも過疎の町の空き家を格安で借りるなどということでなく、自分の家で田畑まであるのだから、いざという時にはそれを担保に借り入れするとか思い切って売る(B子さんは売りたくないのだが)とかの手段も取れる訳で、何を不安がることが・・・と思われることだろう。

作り手次第でもしかしたら全く違う番組ができたかも知れない。電気も止められちゃったりするけど、公共の施設で快適に過ごせるし、独りは気楽だよという例にもなり得る。引っ越しの資金がないのなら行政の少額の貸金などを利用して(10万円の年金があれば月々返済可能)安いところ(できれば公営住宅が望ましいが)に引っ越して、食生活も計画的に改善するなどの助言をすればさらに良質の気楽な暮らしが成立する。B子さんなどそっくりそのままで「2万円、快適田舎の自給自足生活!」になる。

ようは、ご当人がどう思って暮らしているか、なのだろう。しょせん周囲の人間はそれぞれ自分の物差しで測るから、「お金がない=不幸せ」と思う人もいるし、「家族がいないなんて寂しくて不幸」と思う人は思う。オレオレ詐欺だか母さん助けて詐欺だかに何千万、一億とだまし取られる高齢者だって、お金は使いきれないほどあっても、寂しい人生なんだなと思えなくもない。

高齢者やハンディキャップのある人を、「可哀想な人たち」と決めつけるのはいい加減やめよう。あの番組を作り手側がどんな意図で制作したのか分からないが、単純に捉えれば「可哀想なお年寄りにもっと国や自治体の援助を」という趣旨なのだろう。もしかしたら当人たちが選び取ってきたのかも知れない生き方が、必要以上に「かわいそう」に見えてしまうのは、見るほうが「お年寄り=気の毒」という色眼鏡を通して見てしまっているからではないか。勝手にそう決めつけてしまうのは失礼かもしれない。「A男さん、月々10万円ももらって気楽な一人暮らし、いい御身分ですね〜」と言えば「エヘヘ〜」ってなるかもしれない(実際厚生年金の期間の短い私は、年金満額になっても10万に届かない)。病気になったりしてもっと大変な状況になったら、周囲や行政を巻き込んで手立てを考えればいいし、その手立ては本当に必要最低限、無理に治癒とか延命を求めなくていいと思う。

60過ぎになると徐々にあちこち身体の機能の衰えを自覚する。ましてさらに高齢な方たちなら、日々の暮らしに不都合も出てくるだろう。高齢も身体の障碍も妊娠中や子育て中も、すべて不自由はあるけれど「かわいそう」ではない。そしてその不自由は周囲の人がほんのちょっぴり思いやり、手を貸せば済んでしまう程度のこともある。また、確かに自治体や国に頑張ってもらわなければ解決できないこともある。

よその国が心配するほど日本はものすごい借金をしょった国だ。政府がどんなにアベノミクスだ三本の矢だとがんばっても、おそらくもう景気はたいして良くはならない。だってみんななんでもいっぱい持っているし、成熟経済に入ってしまったのだから。グローバル企業はより税金の安い国に行ってしまうだろうし、税収が大幅に改善することなど考えられない。そうした中で、どう予算を配分していくのか、本当に可哀想で困っているのは誰か、将来を見越してつぎ込むべきはどの分野か、よく考えなければいけない。

そして既得権を持っている人たち(高齢者も含む)は、大変な借金を返していかなければならない若い人たちのために、どこまでなら譲れ、我慢できるかを考えなければいけない。自助努力や地域の助け合い、お互いさまの気持ちなどをもう一度掘り起こす必要がある。その昔は家族が、高度経済成長期には会社が社会福祉の一部を担っていた。北欧のように収入の半分近くを税金で払う覚悟があればよいが、そうでないのなら、国の財布ばかりあてにするのはやめよう。その精神が選挙をお金のかかるものにし、お金をかけて当選するから元を取らなくては・・・と先生方の周りにあれこれ怪しいお金の流れが生まれてしまうという悪循環も起きるのだ。


はたから見れば「かわいそう」な状況に分類されるのかも知れない私の生活。でも本人はいたって気楽にのんきな一人暮らしを満喫している。自己中心的でこまやかでなくて強すぎる性格が自分の嫌いな所であるけれど、その性格ゆえにこうしてノホホンとしていられるのかも知れない。持って生まれた性格は簡単には代えられないけれど、せめて周囲が勝手に「かわいそう」と決めつける紋切り型の社会の価値観は改められる。そして「ちょっと苦しい」とか「助けて」というサインには注意して、さりげなく手を差し伸べ、必要なら公的機関の援助の窓口に繋ぐ知恵を出し合う社会にしたい。