読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

母も少し食欲の秋・・・かな

いつも快適な室温になっている施設ではあまり関係ないように思うけれど、それでも母の食欲がほんの少しだけ改善されたらしいのは、涼しくなったからだろうか。でも私が介助するとまた摂取量が減ってしまうかもしれない。

どうもスタッフの方がなさるよりも時間がかかるばかりで量が進まないし、以前ちょっと軽い誤嚥になりかけたりもしたので、あまり母の食事介助は気が進まない。けれども母が目を覚ましているときに会いたいし、食事の様子もやはり気になるので、食事時に出かけてみる。

私はそばで見ているだけでいいのだけれど、スタッフの方は「どうぞ」と私に介助を勧める。「私がすると時間ばかりかかって片付かなくて申し訳ないんですけど・・・」と言ってみたら、「構いません」と仰るので、スプーンを受け取り交代してみた。

やっぱりあまり口を開けないし、ほんのちょっぴり入れた食べ物を延々モグモグとやっている。「もう大丈夫だから呑み込んで、はい次の食べましょ」と口先にスプーンを持って行くと、口の中に残っていた細かなものをプッと吹き出す。それが私の服にかかって、思わずイラッとしてしまう。

スタッフの方にも同じことをするのだろうと思うと、とても申し訳ない。そして私もこんな無作法なことをするようになったらどうしようと不安になる。同じ呆けるにしても可愛げのあるボケ方だといいのだけれど・・・。死に方と同じでこれも自分では選べないことでどうしようもないが、多分に私も母に似てかわいくないタイプになりそうだ。

今まで、その福祉施設の後援会から寄付のお願いが来ても、申し訳ないがうちは寄付する身分じゃありませんので・・・という気持ちで無視を決め込んでいた。でも、こんな腹立たしく世話の焼ける母を見ると、一口くらいは寄付をしなくては悪いような気がして、今年は協力することにした。寄付したからと言って現場のスタッフに分かる訳ではないだろうけれど、自分の気持ちが少しでも軽くなるから。


気持ちの良い季節になることだし、そろそろまた散歩に誘ってみようか。春の時には疲れると言って喜んでもらえなかったけれど、小学校の運動会は楽しんでいたから、子供達が野球の練習をしているときでも選んで行ってみよう。母が得意だったとよく自慢していたスポーツ、もう自分ですることはできないけれど、せめて見て楽しめる時が少しでも長く続くよう願う。