よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ガヴォットにお手上げ

昨日の午後はピアノの稽古の日だった。

今練習している曲は『ガヴォット』。前回の稽古日にもちょっと弾いたので、もう半月以上練習しているのは間違いない。今まで半月練習して仕上がらない曲はなかったのだけれど、今回はどうしても納得のいく演奏ができない。できないままレッスン日を迎えてしまった。

いつも家ではちゃんと弾けていても、先生の前に出ると緊張して失敗するのだから、家でも納得いかないのに先生の前でノーミスで演奏できるわけがない。二度弾いてみるがうまくいかない。右手だけなら問題ないのだが、左を伴うと途端にだめだ。

先生は「一応これはこれで良しとしましょう。この曲は結構みなさん苦手です。私もわりと弾きにくい曲ですよ」と言ってくださって、ずっと同じ曲でも飽きるだろうしと次の曲に進めてくださった。今度は『太陽がいっぱい』。若き日の美しいアラン・ドロンが、引き締まった半裸姿でボートに立つシーンが浮かぶ曲だ。

飽きっぽい私は確かに新しい曲に進む必要を感じるけれど、一方で弾きこなせなかった自分に対する不満も残る。先生は、嫌いな曲や苦手な曲を飛ばして進む人もいますと言ってくださったが、私の性格としてはやはりこのままうやむやに済ますのは面白くない。今後も新しい曲の合間にちょっとずつはさんで練習していこうと思っている。

曲自体は可愛らしいいい曲で好きなのに、なぜこれほどまでにつまずくのだろう。何曲くらい先に行ったら、スラスラこの曲を弾きこなす力が付くだろう。