よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

幸せ者

昨日は思いがけなくたくさんの方々からお祝いコメントをいただいて、びっくりするやら嬉しいやら!でした。お祝いくださった皆様に改めてお礼を申し上げます。ふり返ってみたら去年も誕生日に触れていたのですが、去年はコメントゼロでした。1年でこのブログも少し成長した、と言っていいでしょうか。

そのコメントの中に、よんばばさんの記事を読むといつも「責任ある大人としての自分」をよく振り返りますというspringhascomeさんの言葉があって、ちょっぴり気恥ずかしいですが、嬉しくも思いました。

ヤフーブログから数えると約十年、そもそも離れて暮らす息子たちに「母は今日も元気だよ!」と伝えられたらいいか・・・くらいの気持ちでブログを続けてきました。市井の片隅の名もなきおばばが世の中に影響力を持てるはずもありませんが、インターネットやテレビを通じて眺める世間は、心配になる事柄がいっぱいです。

それなのに世の多くの大人たちは自分の頭で考えることもせず、マスコミや権力者の言葉に「それ、あっちーー!」「こんど、こっちーー!」とばかり流されているだけのように見えます。今起きている問題のかなりの部分は、我々分別あるべき年代になっている大人たちがしてきたことの結果だと思っている私は、たとえ大海のひとしずくであっても、何か言ったりほんのちょっとのことでもしたりせずにはいられない気持ちです。

我儘で気が強いくせに小心者でもあるので炎上などは恐ろしく、すべて歯に衣着せず・・・とはいきませんが、それでも折に触れ少しずつ思いを綴ってしまいます。共感してくださる方がいたり、一緒に考えてくださる方がいたりすることはとても嬉しいです。



昨日のNHKドラマ『サイレント・プア』に何話かぶりに大地康夫さん演じるホームレスが登場して、死の近い床でヒロインに「あんたに会えたお蔭で、俺は自分の人生を初めて好きになれたよ」(多少ニュアンスが違うかも)と感謝の言葉を言いました。

「自分の人生が好き」「自分を受け入れられる」そのように考えられることが人間にはとても大切です。今回のAKBの事件の犯人も、自分を肯定できていたら、あんなことはしなかったのではないでしょうか。そして自分で自分を受け入れるためには、誰か一人でいいから、自分の存在をまるごと受け止めてくれる人が必要なのではないでしょうか。

そばにいて、ぬくもりの感じられる手を差し伸べるのが一番でしょうけれど、ネットの中にもたぶん、救いは存在します。必要以上にネットに依存してはいけないかもしれませんが、こうして出会い袖振り合うも他生の縁。匿名だからと無神経な人を傷つける言葉を繰り出すのではなく、ちょっとした思いやりや想像力をもって繋がれば、パソコンやモバイルの中にも血は通います。

おろかで考えが足りず、時々消え入りたいと思うこともある私ですが、幸い優しい子や嫁や孫がいて、何十年も付き合ってくれる友人たちがいて、そのうえこうしてネットの中で思いを共有できる人がいたり・・・。有難く、感謝感謝の思いです。