よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

歌とことば

今のところ脱落せずに朝ドラ『花子とアン』を見続けている。あまり奇をてらった展開もないし、まずまず安心して楽しめる。

ところが初めの頃からちょっと気になっているのが主題歌だ。「眩しいエガ(息継ぎ)オノオクニ・・・」とか「こんなにもイト(息継ぎ)オシ・・・」と歌っている。

シンガーソングライターという言葉が出現して、歌い手が自分で曲を作って自分で歌うことが珍しくなくなってからの傾向だと思うけれど、言葉とアクセントとか言葉と息継ぎの関係が自由気ままになってしまった。

昔は(というのは老人の繰り言の枕詞のようでちと気がひけるが)、曲に言葉をのせるときアクセントまで考えるので作詞家はとても苦労したと聞く。先に詩があった場合は作曲家も同じく苦労したのだろう。だから歌詞など見なくても言葉がすんなりと入った。

アクセントまでは諦めるとしても、せめて息継ぎを工夫することでかなり聞き易くなるのではないだろうか。前述の歌であれば「眩しい笑顔の奥に」まで一息に歌って、その後で息継ぎを入れることは無理ではないと思う。あとの部分も「こんなにも」で息継ぎして「愛おしい」と歌えばネット上の「歌詞が分からない」という声もかなり減るだろうし、何よりきれいな歌詞が心地よく聞く人の心に届くことだろう。

あともう一つ欲を言えば、「あなたのものガたり」とか「えガお」などというところの「ガ」が鼻濁音になっていないので、汚く聞こえるのも残念だ。ロックなどの場合はむしろ響きが強くなっていいかもしれないが、せっかくこんなに美しい曲なのだから、やはりそれにふさわしく優しい歌い方がいいのではないかと思うのは、私が年を取っているからだろうか。こうした歌い方が歌手の個性とは私には思えないのだけれど・・・。