よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

憲法9条のつどい

午前中はユネスコの定例学習会、午後から「守ろう憲法9条東三河のつどい」に参加した。資料を見ると2005年にこの地区の九条の会が発足して第一回のつどいが開催され、今までに佐高信さんや澤地久枝さん、俳優の鈴木瑞穂さんなども講師に招いていたようだ。佐高さんや澤地さんのお話も伺いたかったと思うが、勤めていたときにはこのような催しがあることもまるで知らずに過ごしていた。

今日の講師は音楽評論家の湯川れい子さんだった。昔は当時人気の物まね番組のレギュラー審査員をなさったりしていてよくテレビでお見かけしたが、今はあまりメディアへの露出はないので若い方はご存じないかもしれない。600人ほど収容の会場を埋めた聴衆は、やはりほとんどが70代あたりを中心とする年齢層だった。

しかしこれは講師の訴求力の問題というより、私自身働いていたときは見過ごしていたように、こうした社会活動の主体はどうしても時間に余裕のある高齢者になりがちなのかもしれない。戦争になった時、いちばん犠牲になるのは若い人たちだと思うけれど、その若い人たちは関心も低いし活動する時間もあまりないのだろう。私たち年配の世代ががんばって、平和で安全な社会を次世代に財産として引き継ぐようにしなければと思う。


ところで今日の催しもオープニングに「平和を願うコンサート」というプログラムがあって、出演は先週感動を受けたばかりの「桜花太鼓」の高校生たちだった。本当に地元の行事に引っ張りだこなんだなと再認識。今日もキビキビと気持ちの良い、素晴らしい演奏を披露してくれて、会場の盛んな拍手を受けていた。

湯川さんのお話は、昨年日本公演をしたポール・マッカートニーのことに始まって、専門の音楽も取り入れながら、こぶしを振り上げない戦い方、理論や数字に頼らず生き物としての自分の感覚や感情を大切にした戦い方が大事、というものだった。小異はあっても大切な大同を見失わないで連帯し、危うくなっている平和憲法を守りましょうというものだった。



帰宅して猫たちの世話を済ませ、やれやれと夕方のニュース番組を見ていたら、『海上自衛隊幹部候補生学校』という特集を放送していた。防衛大出身でなく、一般大学卒業者や一般企業を辞めて入った人にスポットを当てて、実弾訓練の感想や有事への思いなどを聞いていた。志望した理由はそれぞれにあるようだったけれど、こんなにも戦争を身近に感じながら生きる若者たちが、でもなぜか意識の上で戦争とはとても距離があるように感じた。

私自身も戦後世代で実際の戦争体験はないけれど、今日の湯川さんの話にも出てきた「傷痍軍人の物乞い姿」などは幼い頃の記憶にある。まだ戦後の貧しさを引きずっていた時代の日本を知っている。

イラク戦争を伝える映像はまるでテレビゲームの画面のようだったし、今や無人の戦闘機が爆撃する時代になってしまった。若い人たちの戦争というものに対するイメージは、果たしてどのようなものだろう。湯川さんがイマジネーションの大切さということもおっしゃっていたが、正しく想像するためには正しい知識が必要だ。どれほどハイテク機器が使われる時代になったとしても、戦争というものの持つ残酷さを実体験として知っている人たちのいる間に、しっかり伝えていくことの大切さを痛感する。広島、長崎、東京大空襲などの被害者としての凄惨さとともに、戦争という状況下ではあなたも私も、加害者となって非情な残虐さを現しうるこわさも伝えなければいけない。



ついでながら、この『報道特集』の中で「水を得たサカナのように」というナレーションがあったが、正しくは「水を得たウオ」だ。サカナではたぶん、水を得ても泳げない・・・。