よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

なぜか今日は花粉症がひどい

20年来の付き合いの秋の花粉症でさえこれほの症状の年はあまりないのに、ほんの2、3年前に始まったばかりの新参者の春の花粉症がなぜか今日は結構つらい。数日前にもそんなことがあったので掃除機をかけたらさっぱりした。それからは外から家に入るときには、髪や服をよく払ってから入るように気を付け、それほど気にならない程度で済んでいた。

だから今日も朝のウオーキングの後、帽子もウインドブレーカーもズボンもしっかり払った。シャワーも使った。なのに調子が悪いので掃除機もかけた。それでも治まらない。マスクをしていてもどんどん鼻水が出てくる。目も少しかゆい。本を読んでいても集中できない。

今年は花粉は比較的少ないということだったが、それでもこれだけの症状が出るということは急に重症になってしまったのだろうか。これからずっとこの美しい季節に、この症状で悩まされるのだろうかと思うと悲しい。次男は子どもの時から結構重症のスギ花粉症(とカモガヤも)だったので、「春がいい季節だと思ったことがない」と言っていたが、なるほどその気持ちがよくわかる。でも長男は原因がハウスダストで通年性のアレルギー性鼻炎だったから(それもかなり重症の)、それに比べたら季節限定のほうがましとも言える。下を見ればきりがない、ということか。

どこかほんのちょっとでも調子の悪いところがあると、何でもない時の幸せを痛感する。小学校5年か6年の時、担任の先生が「人間は自分の体の部分を意識しないでいられるのが一番いいのだ。調子が悪いと、あ、ここに胃があるとか、頭がとか、歯が・・・、とか嫌でも意識してしまう」というようなことをおっしゃった。本当にそうだと思う。

無意識でいられる幸せを得るためには、逆説的だけれど自分の体の器官を日々意識して、食事や運動で予防したり鍛えたりすることも大切だ。私自身毎日腹筋背筋の筋トレをすることによって、若い頃より腰を意識せず暮らせるようになった。けれども不可抗力なことも多い。アレルギーなどもそのひとつだろう。

時代とともに解決されていく不便がある一方で、新たに生まれてしまう不便や不都合がある。スギは花粉のできない品種が作り出されたそうだが、きっとまた新たなアレルゲンとなるものも生まれたり外から入ってきたりするのだろう。このところ問題になっているPМ2.5のように。

どこまでいってもイタチごっこなのかなあ・・・。

ああ、鼻水が止まらない・・・。



午後3時 追記
あまりうっとうしかったので、昼食後に何年振りかに鼻うがいをしてみた。久々であまりうまくできなかったけれど、これが功を奏したのか午後からはだいぶ楽になった。