よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

時間を巻き戻したくなるよね

ずいぶんと久しぶりに朝ウオーキングをした。1キロ地点を過ぎて少し行ったところで、畑の端にワゴン車が横転している。道路にはもう1台乗用車が斜めに止まっている。左前部が大破している。道には赤い液体も・・・。30代くらいの女性が携帯電話で話をしている。他に中年の男性ともう一人女性も寄り添って道路に立っていた。

そのあたりはほとんど畑で、ところどころに住宅が建っている程度でとても交通事故が起きそうな場所ではないのでびっくりした。でも私が歩いて行った右側の角が民家で、低いブロック塀にかなり生垣が茂っているので、そのコーナーだけは見通しが悪いと言えば悪い。めったに通る車もない道なので、速度も落とさずひょっとしたら一旦停止もせずに、出合い頭の衝突になったのだろう。

けが人の程度がどれくらいだったのか分からないが、当事者はさぞ動転したことだろう。時間からして出勤途上だったかもしれない。入社式に急いでいたなんていうのじゃないよう、他人事ながら祈った。去年車にひっかけられて救急車に乗ったことを思い出した。大した怪我でなかったのは本当に幸運だった。

自分で車を運転していた頃、私も何回か事故を経験した。幸い軽い物損事故ばかりで、自分も相手も怪我をすることはなかったが、それでも事故と認識した瞬間「ウソ、これは悪い夢?」とか「ああ、時間が巻き戻せたら、もう少しスピード落とすのに・・・」とかいう思いが頭を駆け巡った。自分の身に起こった不幸が信じられないのだろう。あとになってみれば不幸どころか、紙一重くらいの奇跡で大事に至らずに済んだことが一再ではなく、大して心がけのいい人間でもないのにありがたいことと、ひたすら神様に感謝するばかりだ。

人は生まれながらに平等ではないと思うことが多いけれど、時間だけは平等だ。どんなにお金を積んでも都合のいい時間だけ長くしてもらうことも、過ぎてしまったことをやり直すこともできない。私は「ケセラセラ、なるようになる」と考えるたちで、あまり先々のことを考えて計画的に行動したりもできないが、行き当たりばったりのわりに時間を戻したいと思うこともあまりない。(長男がよちよち歩きの頃に近所の公園のすべり台から落ちたことがあって、それも幸い大事には至らなかったが、もし時間が戻せたらそれは修正したい。いくら近所の奥さんが「大丈夫よ」と言っても、わが子の運動能力を一番わかっている私は絶対にさせるべきではなかった・・・とこれは今も後悔している。あれがなかったらもっと・・・?)

これからさらに年齢を重ねていくと、判断能力も低下し反射神経や運動能力も衰えて、失敗ややり直したいと思うことが増えていくかもしれない。注意して防げることもあれば、運を天に任せるしかないこともあるのであまりくよくよはしないようにしたいが、なるべく「時間を巻き戻したい」などとほぞを噛むことのない人生でありたい。