よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『光線』村田喜代子著

8編からなる短編集。そもそも文學界から持ち込まれた企画は「土地の力、地の霊力」といったものをテーマに連作短編を書かないかということだったそうだ。「ひょいとその気になって」始めたところ、間もなく2011年の3月11日を迎えた。そしてその数日後村田氏自身にはガンが発見される。

手術か、放射線治療になるのかと思っていたところに、最新のガン治療法「放射線による四次元ピンポイント」というものを知らされ、桜島の灰が連日盛大に降る鹿児島に滞在して治療を受けられる。震災後の原発事故のニュースを見ながら、自身は放射線治療によってガンから生還するという体験を経て4編の作品が生まれた。

『光線』『原子海岸』は妻のガン治療を夫の目から見た話。科学の恩恵というべき患者に負担の少ない最新の治療だが、救われた患者たちは一方で放射能に苦しむ福島の人たちを思い、おおっぴらに「バンザイ」なんて言えないと感じている。病気と向き合う心細さや不安、長年連れ添った夫婦の思いやりや絆が、視点が男性である故か静かに冷静に語られ、しかしかえってしんしんと胸に迫ってくる感慨がある。ひとはどうしようもなくひとりだけれど、だからこそ寄り添ってくれる人のいる温かさ。

『ばあば神』は震災後の混乱する都心で、友人に預けた幼い娘を迎えに行く母親の話だ。読点を一切使わずかわりにスペースを空ける文体で、母親の若さを感じさせる。幼子の祖母つまり主人公の母親が案じて電話をかけてくる。その母は戦時中の生まれ。B29の空襲下主人公の祖母なる人が必死で産婆さんをおぶって連れて来て生まれた。産婆さんはその帰り道焼夷弾で亡くなった。祖母はそのことにずっと苦しむ。その時無事にお産ができなければ、今電話で「道理に合わなかろうが何が何でも助かれ」と言う母も、自分も背中の娘も存在しない。運命により紙一重で分かれる命の強さとはかなさを思う。

どれも20ページ前後の短編なのに、ずっしりとした読み応え。さすがと思わせるものを感じた。ただ、二か所ほど「どれだけ・・・できるかどうか」という表現があって少々残念。会話文の中の「・・・じゃないですか」も仕方なしか。もはや時代物の中の「でござる」のたぐいか。大したことではないが、無駄のない素晴らしい作品であるだけに気にかかった。