よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

少年院の見学

更生保護女性会の研修で、愛知少年院の見学に行ってきました。途中木曽路豊田店でちょっと贅沢なお昼をいただき、「今この時間少年院の子たちはどんなお昼を食べているのかしら」と少し複雑な気持ちになりながら、その後まもなく目的地に到着。

建物の印象は思っていたより明るい感じがしました。たまたま天気がよく、明るい日差しがクリーム色の建物の外壁を照らしていたせいもあるかもしれません。迎えてくださった職員の方々もみんな穏やかそうな方ばかりです。

でも、少年たちの居室を見せられるとそのような印象も一気に消え、胸がキュッと締められる気がしました。入院間もない少年用のひとり部屋は、3畳ほどの部屋に作り付けの簡素なベッドと机、椅子、洋式便器と洗面台だけです。壁に1,2着服がかかっています。入り口のドアは外側にはノブがありますが、内側にはありません。夜間は鍵をかけるそうです。ドアの横にテレビドラマで見たような、食事を渡す小窓があります。天気がよく部屋の中いっぱいに陽光があふれていたのはまだしも救いでしたが、そこには人間が生きる最低限のモノしか存在しませんでした。

モノがありすぎるのも困るけれど、やはりヒトというものはムダに喜びや慰めを見出す生き物なのだなと再確認した気がします。豊かな世界の中で生きてきた子どもたちがこの部屋を前にしたとき、どんな思いを抱くのだろうと思いました。なかにはもっと殺伐とした環境で育ち(これ以上モノがないという状況はあまり考えられないので、ぐちゃぐちゃごちゃごちゃの方だろうけれど)、この部屋を目の前にしても平気な子もいるのかもしれません。

どちらにしろ、自由もないこの生活にまた戻って来たいと思う子はいないでしょう。質疑応答のときに再犯で戻ってくる割合についての質問がありました。気になるところですが、この少年院は20歳未満までなので、そのあと罪を犯すと今度は刑務所ということになるので・・・と回答は得られませんでした。ただ入っている子たちは、別の少年院に入ったことがあってここが2回目というケースは多いとのことでした。

罪を犯した人が社会に戻ったとき、立ち直りやすい世の中にしようというのが更生保護女性会の一番の活動目的ですが、たぶん現実には厳しいものがあることだろうと思います。こうした少年院の見学などということは、このような活動をしていなければまず体験する機会もないでしょうが、なるべく多くの人にこうした経験をしてもらうだけでも意味があるのではないかと思います。職員の方に負担を掛け、見られる少年たちもあまり楽しいものではないでしょうが、社会の理解を深めるためには効果があると思います。

見学や施設の説明を終えたあとの院長さんの話で、以前ニューヨークがすごく荒れて観光客も減ってしまった時期に、何とかしなければとニューヨークがしたことの例が出されました。まず地下鉄の落書きを消し、そして次にゴミだらけの汚い駅をきれいにしたのだそうです。そうして次々街をきれいにしていく中で、治安もだんだん良くなっていったということです。

生活環境をある程度きれいに保つというのは、本当に大切なことだと改めて思いました。生活が荒んだり困窮していくことと、家の中が乱雑で汚いこととは無関係ではないような気がします。きれいに保つために人間が制約を受けるほどのきれい好きは問題ですが、生物が生きていれば必ず環境は汚れるもので、人間のようにさまざまなものを抱え込んで生きるものは、なおのことちょっと気を許せば大変な状態になってしまいます。それをきちんと一定の状態に保つ努力を放棄したとき、精神的にも経済的にも堕落の落とし穴に落ちやすくなるのかもしれません。

一緒に行った仲間と帰りのバスの中で、自分の住まいの周辺だけでも気付いたらすぐ掃除するようにしよう、風で飛ばされたゴミ、鳥につつかれて散乱したごみなど、誰かがやるでしょうとか、係りとか当番とか関係なく、とにかく気がついたらするようにしなくちゃねと話しました。自分が気持ちいいのはもちろん、廻りまわってそれが明るい社会、住みよい社会につながるのだし、やり直しやすい社会にもつながるはずです。たいそうな活動はできなくても、自分の周りをきれいに保つことくらいは誰にでもできる簡単なことなのですから。

朝9時に待ち合わせて市役所に行き、家に帰り着いたのは5時ころで一日拘束されましたが、貴重な体験のできた有意義な一日でした。