よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

サイトの更新はつつがない日々の証

好きで読んできたブログの中に、このところ更新の止まっているものがいくつか出てきました。先日書いたように広告批評天野祐吉さんの「あんころじい」もそのひとつだったのですが、ほかにも「このブログは1か月以上更新がないため・・・」と表示されて、新しいエントリ欄がスポンサーサイトになっていたり、レイアウトが変わってしまったりしたブログがあります。前もっていついつまで更新できませんなどの告知があればいいですが、体調がお悪いのかしらとかお身内に何かあったのかしらとか、ちょっと気にかかってしまいます。

私自身、このブログはまず息子たちに母は元気ですよ、こんな風に暮らしていますよ、と知らせることを第一に書いています。電話の苦手な私は余程必要に迫られないと電話をしないし、それを知っているからか、あるいは男の子とはそういうものなのか息子たちからもめったに電話はありませんが、お互いに相手のブログを見ることで元気にやっているなということが分かります。

一昨日に続いて昨日も古い手紙を整理しました。何度も転居したのでそのたびに旧居での友人知人から誠意あふれるお手紙をたくさん頂いていて、たいていはお顔が思い浮かぶのに、情けないことに封書でお手紙を頂いているのに、どうしても思い出せない方がありました。親しい人からのものでも、手紙に書かれているできごとがきれいに私の脳内から消えているというケースも多々ありました。

記憶というものは時々思い出したり、共有する者同士で語り合ったりすることで補強されていくもののようです。せっかく残してあったのですから、これらの手紙を折に触れ読み返していたらこのように忘れ去ってしまうこともなかったのでしょうが、なにしろ20代後半からの生活は物理的にも精神的にも忙しく余裕がなかったので、それどころではなく過ぎてしまったのでしょう。

こうしてブログを日々更新できるのは第一に私が健康であるお陰、そして家族皆がなんとか大きな問題もなく暮らせているお陰だと思います。ブログに記録して時々自分で読み返せば、記憶の定着にも有用でしょう。特別強い分野もなければあちこち出掛けるでもなく、グルメリポートができるわけでもないつまらないブログですが、息子たちや自分のためにもこれからも細々と続けていきたいと思っています。


若き日の母(右側が母、ソフトフォーカスになっている)