よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

小田実著『終わらない旅』

509ページ、しかも大きめの活字、会話を多用してページの半分は白いようなものが多い近頃の本には珍しく、小さな活字がページをぎっしり埋めてとてもとても読み応えのある本を読み終えた。物理的ボリュームだけでなく内容も実に重く、私にしては珍しく読了までに1週間ほどかかった。

青春時代にベトナム戦争があった私にとって、著者の「小田実」という名はベ平連ベトナムに平和を!市民連合)とセットで記憶されていた。市民館の図書室の書棚でこの名前を見つけ、どんな小説を書く方だろうと興味を覚え借りてみた。


Amazonの内容紹介文---
男は日本人、神戸の大震災で落命。女はアメリカ人、「9・11」テロに衝撃を受けて病没。今は亡き二人の、秘められた偕老同穴の恋。終戦前日の無残で無意味な大阪大空襲について、ベトナム戦争当時の脱走兵支援運動について、被害者がそのまま加害者にならざるを得ない戦争の悲しいメカニズムについて、男と女は熱烈に語り合い、論じ合い、そして愛し合った。その切実な思いは、二人の娘たちの世代に引き継がれて…。旅は終らない。小さな人間たちの、まともに生きぬくための旅はつづく。

やはりベトナム戦争をテーマにした作品だった。戦争当時ベトナムからの脱走兵の支援をしていた大学教授の娘久美子(当時小学生で今は高校で英語の教師をしている)の目を通し、父親の残した何冊ものノートブックを読むことで、戦争や父親とアメリカ人女性との恋などを知っていくという形をとっている。

2人が出会った時、男には妻や子があり、女には捕虜となってハノイ・ヒルトン(北ベトナム軍の捕虜となったアメリカ軍兵士を収容する収容所をアメリカ兵たちがこう呼んだ)にいる婚約者があった。お互いに惹かれあうものを感じながら、「フェア」に生きんとする2人は男と女の関係になる前に分かれる。

けれども20年の空白の後に、運命の地ベトナムで2人は劇的な再会をする。そのときにはお互いに最初の伴侶を亡くしていた。

人生の盛りを過ぎていると言っていい2人の恋がとても激しく美しいのもいいのだけれど、やはり圧倒的に胸に迫ってくるのは、久美子と彼女の娘やアメリカ人女性の娘ジーンたちが、両親の恋の思い出の地ベトナムを訪ねる、物語の終盤部分だ。

私が高校生の頃には世界中でベトナム戦争に対する反戦運動が盛んで、世界的ヒットとなったピータ・ポール&マリーの『花はどこへ行った』や、日本の『フランシーヌの場合』などの反戦歌もしょっちゅう耳にした。ピューリッツァー賞を受賞した裸の女の子が泣きながら逃げる写真や、若い母親が子どもたちを連れて川を渡る写真(これを撮影したのは弘前出身の写真家沢田教一)などの戦火の中の悲惨な写真を目にすることも多かった。けれども戦争終結からおよそ40年。いまやベトナム戦争についてアメリカ人でもあまり知らない人が多いかもしれない。まして日本人においては・・・。

主人公たちが訪れたベトナムは平和と穏やかさの中にあるが、見学する先々で大変な戦争の悲惨と向き合う。かの地はアメリカとの戦争以前も中国やらフランスやらの侵攻や植民地支配が続いた国であり、平和を獲得したとはいえ地雷や枯葉剤の影響は今も続く悲劇の国だけれど、著者小田の筆はベトナムの悲惨やアメリカの加害を訴えるのではない。

作中でベトナムの旅行案内人グエンの父親に「戦争は、行けば判るが、誰にとっても悲しいものです」と言わせている。アメリカの脱走兵の苦悩や兵役を終えて帰国した退役兵のPTSDの悲しみにも言及している。

けれども私が最も心を動かされたのは次の部分だった。

大統領にしろ、首相にしろ、司令官にしろ、戦争指導者になるような「大きな人間」たちは、その中心にいるにしろ、率いているにしろ、いつも「集団」といっしょにいて、彼個人がひとりで戦争にむき合うことはない、という単純な一事だった。それに対して、いつも個人として戦争に向き合うことになるのは、自分が起こした戦争でもないのに、戦場に送り込まれて、銃を射つ、爆撃する、逆に射たれて殺される、撃墜されて捕虜になる、枯葉剤を撒布し、しかし、撒布したのが、撒布されたのと同じことになって加害者=被害者になる「小さな人間」たちだ。

そのとおりだと思った。「大きな人間」たちはひとりで戦争にむき合うことがなく、本当の悲惨や悲しみを知ることがないから、戦争は嫌だ!と心の底から感じることがないのだろう。いま日本でもその「大きな人間」たちの間から憲法を変えようという声が強くなってきている。

「小さな人間」ひとりの力は弱いが、それでも戦争は結局その最前線の「小さな人間」が武器を取って戦わなければできないことだと著者はジーンに言わせている。「みんなが同じことを実行すれば、戦争は文字通り崩壊する」と。

ジーンの言葉は続く。
「民主主義は、元来が『小さな人間』の政治原理のはずです。それが『九・一一』以来力を失って、今や私の祖国アメリカ合衆国は、『大きな人間』の国に変りつつあるように見えています。アメリカを『小さな人間』の民主主義の国として考える私が、元気を失ってきていたのは当然のことですし、日本での私はそう見えて当然でしたが、この国ベトナムの『小さな人間』たちの、昔と変ることなく自分の力を信じて生きて行く姿は、私に、アメリカに帰ってからも無力感に陥らず、自分の『小さな人間』の力を信じて生きて行く勇気と元気をあたえてくれました。」

あらためて戦争の悲惨や悲しみについて考えさせられ、そして「小さな人間」の力を信じて、有効に使わなければならないと痛感させられた充実の読書でした。