よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

街頭募金体験

更生保護女性の会の仕事で、赤い羽根共同募金の街頭募金活動に参加しました。参加予定の方のひとりがこのところ体調不良で出られないというので、ピンチヒッターを引き受けました。「貧乏ひまあり」の身なので、ひまを提供するだけのことならなるべくご奉仕する所存です。

去年までは募金をお願いされる側で、仕事で銀行に出掛けたときなどにこの募金活動に遭遇することがありました。正直なところ「ああ、また暇なおば様方が善意の活動をなさってる。もういいかげんこの形式の募金活動考えません?」という気持ちでした。まさか自分がその「暇なおば様」のほうになるとは・・・。

私はここ20年以上街頭及び戸別訪問の募金や福祉目的?の物品販売などは全てお断りすることにしています。寄付は毎年定期的にユニセフにすることにしています。ほかに大きな災害があったときは、その都度赤十字やNHKなどの口座に振り込みで募金します(貧者の一灯ですが)。そのほうが間違いが少ないと思うし、そもそも大勢の人の前で募金箱にお金を入れるという行為に抵抗を覚えます。

私以外の3人は去年も経験した方たちで、「募金してくれる人はすごく少ないよ」とのことでしたが、私は自分自身が上記のような考え方なので、べつだん驚きもしませんでしたし、素通りしていく人を非難する気にもなりませんでした。

駅前に2時間立ち「ご協力を!」と叫び続け、私の羽根は4人の中で一番減っていましたが、それでも十数本です。募金だけして羽根は要らないという人も何人かいましたが、合わせても20人はいきません。午前と午後に分かれ、今日一日で百何十人かの女性たちが参加しましたが、いったいどれだけの額が集まったことでしょう。クタクタになりましたが、この時間と労力の無駄、しかも呼びかけられた方には、内心穏やかならざる嫌な気分を味わわせてしまったかもしれないと思うと、骨折り損のくたびれもうけどころではない虚しさが残ります。

4月から半年この更生保護女性の会の活動に参加してきて、かなり疑問を感じています。例年通りの活動スケジュールを消化するだけという感じで、どれだけ真剣に活動の必要性や効果的な方法ということを考えているのだろうと思うのです。役員が忙しい思いをして準備して、茶菓や時には手土産まで準備してお偉い方々にご参列願い、動員を掛けて人を集め、例年通りつつがなくメニューをこなした・・・としか思えない行事もありました。あのイベントをやめて浮いた予算を赤い羽根に募金した方がよほど金額も多いでしょう。

やり直せる社会、誰もが尊重される社会をめざすという目的は大切なことだと思いますが、より効果的にその成果を出そうと真剣に思えば、おのずと社会や時代の変化を見据えた活動の仕方の変更や工夫が不可欠なように思います。