よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

ユネスコ協会学習会「戦争体験を聞く」

知人にお声掛けいただき興味もあったので、会員ではないのですが勉強会に参加させていただきました。

長野県のご出身で、国策に乗って家族で満州開拓入植に参加し、引き上げを体験した佐々木剛輔さんのお話でした。敗戦から一年後帰国した時11歳だったそうです。この頃になってやはり自分の体験を若い人たちに語り伝えておかなければいけないと思うようになり、機会があれば小学校や中学校などに出掛けて話をなさっているそうです。

佐々木さんが語り部としてどうしても言いたいことは2つのことだそうで、ひとつは、満州の人たちが従順で優しかったということだそうです。当時の満州の人たちは汚くて字も読めない人が多く、そうしたことで日本人はとても馬鹿にした態度をとり、大変気の毒なことをしたと思っているとおっしゃっていました。それでもあちらの人は残留孤児を育ててくれ、ハルビンに開拓団の慰霊碑を建立してくれたりしたのだそうです。なぜ敵のためにそんなことを、という問いにあちらの人たちは「徳をもって恨みに報いる」と答えたそうです。今は中国と関係が悪化してしまい残念だとおっしゃっていました。

伝えたいもう1つのことは、国の行った「棄民」ということだそうです。甘言で釣って満州に行かせたこともすでに棄民だったけれど、敗戦になったとき関東軍はすでにいなく、男たちも兵隊にとられ、年寄りや女こどもばかりで置き去りにされた。国策で送り出しておきながら、敗戦で引き上げる時には国は何も力を尽くさず、中国やアメリカの力添えでやっと帰ってくることができたのだそうです。国は居留民は現地に定着せよ、という方針だったのだそうです。

開拓の辛い体験もあちらの人にひどいことをされたという話もなく、むしろ中国の人が優しかった、良くしてくれたという話ばかりだったことがとても印象的でした。私も残留孤児の方々がぞくぞくと帰っていらした頃は、敵の子どもをよくぞ大切に育ててくださった、と中国にたいして良い感情を持っていたのに、このところ反日騒動尖閣諸島、環境汚染などの問題ですっかり見方が変わってしまっていました。

日本人に大変なことをされた当時の人たちが寛大だったのに、戦争も知らない人たちが強い反日感情を持ってしまったのは、やはり日本政府の対応の仕方がまずかったのではないでしょうか。佐々木さんも、近代現代史は学校でもあまりちゃんと教えず、当時のことを知らない日本人が多いから、少しでも自分の経験や家族から聞き出したことなどを伝えなければと思うとおっしゃっていました。

参加した方の中からも、集団的自衛権憲法改正の声が高まってきている今こそ、こうした話を伝え、なぜそうなってしまったのか、戦争を止めることはできなかったのか、どうすればそうした方向に行かずに済むのかを考えるようにしなければ、という意見が出ました。

身近に関わってみればどこの国の人も同じ人間で、優しさもあれば怒りや憎しみの感情もあります。肝心なのはやはり政治でしょうが、私たち自身もその時々の潮流に流されず、同じ人間としての草の根の交流を紡いでいくようにしなければならないと痛感しました。有意義な勉強会でした。


佐々木剛輔さん  戦争体験を短歌で綴った本『棄民』を出版なさったそうです。