よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

浅田次郎著『輪違屋糸里 上・下』

過酷な運命に翻弄される女たちにスポットが当てられた新撰組ストーリーです。次々と物語を紡ぐ人の視点が変わるため、多面的に見られるということはありますが、物語の印象が散漫になるうらみはあります。もちろん浅田さんの筆ですので、描写も細やかで充分感動もさせてはくれますが。

男性の中では、だんぜん初代局長の芹沢鴨が魅力的に描かれています。手のつけられない暴れん坊として描かれることが多かったと思いますが、実際はどうだったのでしょう。もちろん実際といえども見る人によって見え方も変わるのですが、大和屋に火をつけた事件がこの作品では会津の指示だったことになっています。このあたりは真実はどうだったのか非常に興味をかき立てます。

女性では、題名にもなっているので糸里が主人公なのでしょうが、それ以上にお梅の描写が生き生きとしています。薄幸の生まれで女衒に売られ・・・というあたりは糸里と同じなのに、自らの意志と才覚で逃亡し運命を切り開いていきます。糸里は運命の流れに身を任せて島原最高位の太夫となり、お梅も負けぬほどの美貌をもちながら、伝法な口を利く莫連女になります。

物語のごく早い段階で芹沢の理不尽な刃の犠牲になって死んでしまう太夫がいます。糸里に島原の妓としての芸事はもちろん、生き方や行儀なども教え込んでくれ、親のない糸里にとって一番大切な身内とも言っていい存在だった音羽太夫です。女を売る仕事も、極めるとかくも厳しく見事なものか、とうなってしまいます。

この人とてろくに愛も受けられないような中で育ち、物心つくとまもなく売られてしまったのでしょうが、厳しい芸の道を極めていく中で人間も磨かれるのでしょうか。突然の不条理な死に直面して、可愛がってきた糸里に「だあれも恨むのやない。ご恩だけ、胸に刻め」と言うのです。その後いろいろな場面で糸里はこの言葉を反芻して、人を恨まずにはいられないような辛い運命を乗り越えていきます。

私はこの音羽太夫の凛とした美しさや強さにいちばん心を打たれました。誰も恨まず、受けた恩だけを胸に刻む。とても難しいことですが、心がけたいと思いました。