よんばば つれづれ

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地獄の沙汰も・・・

東京オリンピックパラリンピックリニアモーターカー世界遺産ゆるキャラ・・・。近頃ニュースはほとんどお金がらみです。経済効果○○億円とか、観光客を増やして地域振興を、とか。いつからこんな風になってしまったのかと今更ながら考えてしまいます。

国の借金は1000兆円で、財政破綻しそうな地方自治体もいっぱいあるそうです。国民から、住民から、税金を集め、そのお金をどう使って政治を行うかが行政の仕事で、少なければ少ないなりの仕事しかできないことは自明のことなのに、なぜ日本中こんなになってしまったのでしょう。

ざるで水をすくうがごとく、手もとからザーザーとお金が漏れていたのだから、どれだけ借金したって、ざるの穴を埋めなければ話になりません。でも政、財、官の偉い人はもちろん、結構普通の人のところまでそのざるからこぼれたお金で潤っていたから、誰も真剣に考えなかったのでしょう。お金のことばかり口にしていながら、いまや国も地方も財政は崖っぷちまで来てしまいました。

どうやら来年から消費税が上がることになりそうですが、もうそれをあてにして予算要求をどうやって増やそうかと、とらぬ狸の皮算用、鬼に笑われそうな人たちがいっぱいいるようです。それではどこまで消費税を上げてもいたちごっこになるだけでしょう。これからどう国民が税金の使い方を監視していくか、私たちも本気度を問われることになりそうです。

「消費税よりも企業の内部留保を吐き出させよ」とさも弱い者の味方を装って言っている党もありますが、このグローバル時代にはそもそも企業などあてにしても、いつ、より仕事のやりやすい儲けやすい国に移って行ってしまうか分かりません。

企業だけでなく人さえも、大金持ちはより税金の安い国に移住したり、金持ちだけで町や市を作ってしまう(働かない人や役に立たない人のために自分たちの払った税金が使われるのは嫌だから)時代です。



「国家とはpeopleです」と先週の『八重の桜』で新島襄は言っていましたが、最終的には、この国に住みたいと思う人が、国を運営していくために必要なお金を税金として収める、その覚悟がなければ国など成り立たなくなってしまうのではないでしょうか。

福祉を求めるのなら高負担、負担はなるべく少なくと思うのなら低福祉で我慢しなければなりません。病気になったり仕事に就けなくなったりしても、自己責任も覚悟しなければならないかもしれません。

タクシー代わりに救急車を使い、節制すればかからないですむ病気にかかって市販薬を買うより安いからとすぐ病院に走り、何かといえばすぐ国の責任!と言いながら、税金が上がるのは何が何でもイヤ!と言うのでは早晩国は破綻してしまいます。

国家とはpeople。自分がこの国の構成要員であるという自覚を一人一人が持たねばなりません。「国があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問いなさい」というケネディ大統領の言葉を噛み締めなければなりません。無力な普通の市民でも、健康的な食生活や適度な運動に気をつけ、少しでもゴミを減らしたり規則に従って廃棄する、そんな小さなことなら行政に協力できるはずです。

何もかもをお金のものさしで計る社会はある面で貧しいと思うし好きではないのですが、弱い立場の人も気持ちよく暮らせる社会を築くためには、裕福な社会でなければなりません。そのためにはどうしてもうまくお金を稼ぐことは避けては通れないことです。グローバル競争の難しい時代の中で、日本がどう豊かな国であり続け、将来世代への負の遺産を減らしていくのか・・・。本当に大変な時代に私たちは生きていると思います。