よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『名もなき毒』最終回

2日も経ってしまったけれどどうしても書いておきたい。

宮部みゆきさんの作品のドラマ化は、脚本に恵まれず今までは残念なものが多かった。そうしたなかで、今回は二つの原作を組み合わせた割りに脚本もまとまっていたし、主役の小泉孝太郎さんが適役だったこともあり、結構楽しみに見ていた。

ところが最終回にストーリーとは直接関係ないところでひっかかってしまった。事件が全て解決して後日譚の部分、真矢みき演じる古屋暁子が世話になった杉村(小泉)に自分たち母子の身の振り方を報告するのだが、彼女はこう言った。「犬を処分して娘と2人引っ越すことにしました」!

犬を処分する?どういうこと?どう処分したの?

気になってしょうがないのに杉村も聞きもしなければ、あんなに大切にし可愛がっていた娘の方も母親の横でニコニコ聞いている。心を病みかけていた自分のよりどころでさえあった「シロ」なのに!

ありえない!

この脚本を書いた人はおそらく犬や猫を飼ったことのない人なのだろう。でなければこんなまるで「物」のような冷たい扱いが平気でできるわけがない。いえ道具でさえ、『チリー』のように長く使った道具と人との絆の物語が人々の心を打っているというのに、ちょっと気分転換したい自分たちの都合で引っ越すのに、生き物を「処分」で済ませてしまうなんて・・・。

せめて杉村に誰か引き取ってくれる方が見つかったのかと尋ねさせるとか、娘に「処分じゃないでしょ、里子に出したのよ」とか言わせて欲しかった。

どうしても「犬を」!「処分して」が頭から離れない。