よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

遅ればせながら、『風立ちぬ』

やっと観に出かけました。

インターネットには少数ながら辛辣な批評も見受けられ、また私自身このところの宮崎作品には疑問を感じるところもあったので迷っていたのですが、監督が引退なさることでもあるし、いいか悪いかとにかく自分の目で見なければ始まらない、と重い腰を上げました。

で・・・。
素晴らしかったです。清らかなラブストーリーと主人公の(同時に監督ご自身の)飛行機への愛情が余すところなく描かれていました。公開後思わぬところから喫煙シーン批判などが飛び出しましたが、素直な気持ちで観れば、感動こそすれあのような批判が野暮であることは歴然です。

小説『風立ちぬ』のストーリーをアレンジして、主人公夫婦の恋物語にしています。堀辰雄のこの作品は好きで何度も読んでいます。「堀」つながりでこんなふうに飛行機フリークの人物像を彩ったのも面白い着想です。しかも二人の「堀」さんは実際1歳違いでしかも学部こそ違え同じ東京大学に在籍していたのだというのですから、不思議な縁を感じます。

主人公二郎の抑揚の少ない喋り方も、穏やかで誠実な彼の人柄をうまく演出していたと思います。列車で二郎と菜穂子が初めて出会うシーンで「風立ちぬ、いざ生きめやも」というヴァレリーの詩の一節をフランス語で菜穂子が言うと、二郎が同じくフランス語で続けます。素敵な場面でした、知的でロマンチックで。だから余計に、その後に続く大震災で美しく平和だった日常が破壊される悲惨さが増幅されました。

美しいものも、平和な日常も、苦労して作り上げたものも、すべて壊れる時は一瞬にして壊れてしまう。愛する人も死んでいく。それでも生きなければならない。

二郎と菜穂子が愛を育む過程と、二郎が理想の飛行機を作り上げるまでを丁寧に描き、彼女の死や敗戦によって二郎の美しい戦闘機が瓦礫になってしまう終章をさらっと短く纏めたのもとても効果的でした。大震災や戦争を描きながら、全編通して爽やかな風が吹き渡っていて、明るくて静かな作品だった印象です。そしてかえってそれが深い余韻を残しました。これが宮崎監督の長編最後の作品だとしたらとてもふさわしいように思います。寂しいけれど、私は今度こそ御自分が口に出したことを守っていただきたいと思っています。