よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

内館牧子著『十二単を着た悪魔』

高校生の頃から『源氏物語』の女君の中で弘徽殿女御が一番好きだったという内館さんが、その弘徽殿女御コードで読み解いた源氏物語異聞です。

容姿は言うに及ばず、勉強もスポーツも全てがあまりにも優れている弟を持ち、コンプレックスの塊であるうえ、就職でも五十九社から不採用通知を受け取り不本意なフリーターとなった兄の雷(らい)は、彼女からも「ハケンの彼氏は困る」と振られてしまいます。弟である水(すい)の京都大学医学部合格祝がまさに始まらんとする我が家を目の前にして、なぜか彼は源氏物語の世界へトリップしてしまいます。

源氏など全く解せぬ雷でしたがたまたまその日の派遣先の仕事が、製薬会社の主催する『源氏物語と疾患展』というイベントの会場の設営であったため、源氏のあらすじと登場人物の現代から推測した病名などをまとめた解説本と、それぞれの病気に適した薬のサンプルを持ってトリップしたため、平安の世界で陰陽師として生きることになります。

病気になってもそれは物の怪の仕業と思って念仏を唱えたり護摩をたいたりしていただけの平安人にはほんの少量の薬でも面白いほど効きます。あらすじ本で先々のことも分かっていて占うのですから当たり前ながら予言もおそろしいほど的中し、雷はものすごい力を持った陰陽師だと人々に畏敬され、頼られます。いじめられる存在にすらならない「忘れられている」人間だったと自覚していた彼は生まれて初めて賞賛されたり頼られたりする経験をします。

弘徽殿女御専属の陰陽師となり、外に決して弱みを見せない彼女が、唯一心を許す話し相手となっていきます。『源氏物語』は光源氏側の視点で書かれているし、そこから派生した作品にしろ映画やドラマにしろ、いつも弘徽殿女御は脇役、しかもきつくて意地悪な敵役でした。登場する女君の人気ランキングにもまるで入らないキャラクターですが、この内館さんの弘徽殿女御コードで読み解けば、生まれるのが1000年早すぎたキャリアウーマンなのです。(それで『プラダを着た悪魔』をもじった題名を付けている)

内館さんのこの視点がとても新鮮で面白く感じました。私も源氏は(もちろん口語訳ですが)何度も何度も読んでいますが、どうも光源氏も主だった女君たちもあまり好きになれませんでした。桐壺更衣を「したたか」藤壺女御を「いいとこどりの女」と切り捨てる内館さんの見方は痛快です。大事な政治をほっぽり出して女にのめりこんでいる桐壺帝も、マザコンで自分の母の面影を感じさせる女を次から次へと追っかける(女性の本質無視!)源氏も、この本には登場しませんが優柔不断で愛する女を恋敵にみすみす取られてしまう薫も、「いいかげんにしなさい!」と怒鳴りつけたくなるくらいなので、弘徽殿女御コードで読む源氏は痛快でした。でも本家本元のストーリーまでは変えられないので・・・せつないことになりますが。

平安の世界で26年もの時間を生き、信頼される喜びを知り、人を愛し、大切な人を失い、さまざまな経験をして成長した雷ですが、やはりお約束でまた突然現代に戻ります。こちらの世界の時計は止まっていたようですが彼にとっては重い重い年月で、トリップした時以上に戸惑います。けれどもコンプレックスの塊だった以前の雷ではなくなっている彼は、ちゃんと自分らしい生き方を見つけていきます。

現代のしかもどちらかといえば軽いタイプの青年を語り部とすることで、平成の今と源氏物語の頃の時代とのギャップを鮮明に描き出しています。ところどころに挿まれる現代の若者としての彼やその彼女の言う言葉、たとえば「アタシ、絶対に仕事とかバリバリしたくない。てかァ、やり甲斐とか全然いらなくてェ、男の陰とかでェ・・・」といった部分は笑わせながら鋭い現代への批判になっています。

400ページに及ぶ物語ですが、おもしろくて一気に読んでしまいました。笑ったり泣いたり、失ってしまったもののあまりの多さにせつなくなったり、でも主人公雷の成長に未来への希望も感じられ、深い感動の残る物語でした。