よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

牧草地を見つけることは命を得ること

昨日の英会話教室でのことです。以前も紹介したように後半は英語で聖書を読む勉強なのですが、昨日の部分はイエスは羊飼いであり、羊たちを導くという話でした。

私は羊の囲いに入るための門である。私を通って入るものは救われる。その人は門を出入りして牧草を見つける

というくだりがあって、そこで先生が「牧草を見つけるということはすなわち命を得るということなのです。西アジアの話ですから」とおっしゃいました。

私はすぐ日本人ボランティアが殺害された事件や中東の紛争などのニュースのときのテレビの映像が脳裏に浮かびました。見わたす限り茶褐色の土地が広がり、緑はどこにも見当たりません。放っておけばすぐ緑に覆われてしまう日本とは全く違います。朝ウオーキングしていると、作物の収穫が終わって畑がおこされ茶色の土ばかりになっても、数日経つとそこに草がいっぱい小さな芽を出しています。今の季節、庭の雑草は抜いても抜いても伸びて腹立たしいほどですが、反面その豊かな緑が育まれる日本の気候はとてもありがたいものだと思います。聖書の舞台が日本だったらこうした表現は生まれなかったでしょう。

私はあまり信仰心もなく知識もないので、ユダヤ教イスラム教キリスト教も"神"そのものは同じ神なのだということを初めて知りました。それで今までも宗教というものが不思議でしたが、ますます分からなくなる思いを深くしました。勉強を続ければもう少しは頭の中が整理されていくでしょうか。