よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

郄樹のぶ子著『せつないカモメたち』、せつない

せつない。無力感。果てしない溝。・・・。

人一倍強いプライドと傷つきやすい心を持った女子中学生アヤと、夫が別の女性に心を移したために離婚した三十代半ばの女、占部香代子の物語です。

香代子の日常があまりにリアル、バツイチでなく未婚でこんな状況の人も今の日本にはいっぱいいそうです。ということはやはりアヤ像もリアルなのでしょうか。身近に女子中学生がいないので分からないのですが、ニュースを見てもテレビドラマを見ても陰湿ないじめだらけ、中学校も高校も、いえ、大人社会も含めて集団生活の中にはいじめが蔓延しているのでしょうか。今朝のニュースでは職場でのマタニティハラスメントを取り上げていました。

他者と繋がることを拒絶するようなアヤの孤独な魂を、香代子は放っておくことができません。「自分と関係ないどうでもいい存在だ」と言いながら見過ごせないのです。時には実の父親や母親以上に。

その彼女も途中からはアヤの父親に心が揺れるようになります。アヤを裏切るような罪悪感にさいなまれながら。(でも対象は多分アヤの父親でなくても良かったのでは?と思われます)香代子のアヤを心配する気持ちが最悪の悲劇を回避させますが、でも結局最後の場面でアヤの前に登場するのは父親と母親で、彼女ではありません。たとえ心はバラバラでも同じ時間を長く過ごしてきた家族というものの力を感じさせられます。

この物語に登場する大人が殆どモラトリアム状態のような大人です。おそらく実際の私たち現代の大人が多かれ少なかれそうなのだろうと思います。親でありながら子のこと以上に自分が大切、他者を排斥しながら傷つくことをおそれ、周りの空気を必死に読んで突出しないように行動し、同じようにしないものを攻撃する・・・。いじめは子ども社会の問題ではなく、おとなの問題の投影に過ぎないのでしょう。大人がもっと強くなってしっかりと自分を持たなければなりません。

読み終わったとき、初めに書いたような感情を覚えてつらかったのですが、まずは自分自身がしっかり周囲に流されずに生き、ごく近くにいる人と面倒がらずに繋がっていくことを大切にしようと思います。今この時にも苦しんでいる子もいるかもしれない。その子に対して何にもできるわけではないけれど、私たちひとりひとりが自分の周りに関心を向けることが初めの一歩かもしれません。そう考えると今年引き受けている地域の役目、活動内容に疑問を感じてしまうこともありますが、そうしたことのひとつひとつが隣近所の絆を紡いでいくことでもあるのでしょうから、自分なりに精一杯尽くそうと思います。