よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

朝日のあたる家

今朝のウオーキングはとても気持ちの良いものでした。まず部屋の中で見る夜明けの窓外は薔薇色でした。身支度して外に出ると空はピンクやら薄い青やら、清少納言によれば夏の風情は朝ではありませんが、なかなかどうして爽やかでよいものだと思いました。しっかり降った雨の後なので景色全てがくっきりして、しっとり水分を含んだ緑がきれいです。気温も低く湿気も少なくて本当に早起きしてよかったと思いました。

朝の清浄な光が畑の中に立つ家々にあたって屋根や壁を輝かせています。神々しいような景色です。ふと、昔「朝日のあたる家」というヒットソングがあったことを思い出しました。今見ている風景の感じと違って、なんか少し哀調をおびた曲だったような気がします。目の前の朝日のあたっている家はなんだか祝福を受けているような、しあわせそうな感じがします。

家に帰ってからネットで調べてみたら、訳詩を載せているサイトがたくさんありました。古いアメリカのトラディショナルなフォークソングを元に、ボブ・ディランジョーン・バエズなどいろいろな人が歌い、アニマルズのものがヒットチャートで何週も一位になるほどヒットしたようです。日本でも何人もの歌手が日本語の歌詞をつけて歌っているようです。ちあきなおみとか浅川マキの名がありましたが、私の記憶にあるものは日本語の歌詞ですが男声の歌だったように思います。

時代やアーティストによって少しずつ違いますが、改めて英語の詩や日本語の訳詩を見ると、どれも今朝の幸福そうな景色とは程遠い大変惨めな悲しい物語です。「朝日のあたる家」というのは娼館や少年院、刑務所を意味する名前とか。それで私は思いました。今朝感じたように朝日のあたる風景は何か特別な祝福があってそこにはきっと幸福が訪れそうな感じを与えるので、不幸な場所に祈りを込めてその名を冠したのではないかしらと。

それにしても、何十年も昔のヒットソングの故事来歴もたちどころに調べられるインターネットの世界にはいつものことながら驚くばかり、本当に便利な世の中になったものだと思います。便利は味気なさや危険ともセットだということを忘れずに、上手に付き合っていきたいと思います。