よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

再選した○○氏って?

どこかの市長選の結果なのでたぶん月曜日の朝のNHKニュースでしょうけれど、字幕に「再選した○○氏」と出ていて驚きました。現職市長を再選したのは市民であって、○○氏は「再選された」のです。近頃はNHKのニュースももう日本語がめちゃくちゃです。「盗難された仏像」などというのもよく聞きます。なぜ「盗まれた・・・」ではいけないのでしょう。盗まれるという難事が「盗難」で「盗むこと」ではありません。

丸谷才一さんだったと思いましたが、もう何十年も前に著書の中で漢語の乱用を嘆いていらっしゃいました。漢語しかないものは仕方がないけれど、もともとの日本の言葉である和語があればもっと和語を大切に使いましょうと書いていました。どうも熟語の方が難しげで賢そうに聞こえると思うのか、マイクなど向けられるとよけいに熟語を多用したくなってしまうようです。おかしな敬語の多用や「させていただく」の異様な多さも、みんな自分を良く見せたいという気持ちのなせることではないかと思います。


もう何十年も前のことですが、数学者の広中平祐博士の講演をお聞きした時、ひとつも難しい言葉を使わずにとても充実した内容のお話をなさり、真のスマートさに感服しました。かくありたいものと強く心に思ったのですが、凡人の悲しさ、ついつい格好をつけては失敗を繰り返してしまいます。

日々耳にする言葉に違和感や嫌悪感を感じることがしばしばで、いつも聞いているとしらずしらず慣れていってしまうのが恐ろしく、手本になる言葉を聞きたいと思うのですが、これがとても難しい時代になってしまいました。せめてマスメディアで話したり、その原稿を書いたりする人には、もっとしっかりした国語力を求めて欲しいと思うのですが、今はタレント性とか面白おかしく話せたり書けたりすることのほうが重要視されるのでしょうね。