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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

遅ればせながら

新年明けましておめでとうございます。
この一年が少しでも明るいニュースの多い年でありますようにと祈らずにはいられません。


さて暮れの31日、帰省中の息子の家族とともに母を訪ねました。母は丁度トイレに立っていていつもの席には不在でした。しばらく待っているとスタッフに手を引かれて母が戻ってきました。お盆の時、孫(母にとっては曾孫)の顔を見たとたん母の顔が輝いたので、今回もそれを期待していました。ところが母は私に向かって「どちらさま・・・」。今まで少々頼りなくて心配になる日があって「分かる?」と尋ねると、「ばかにせんで。自分の子どもの顔が分からんようじゃ大変だよ」と突っ込む元気があったのに、ショックでした。息子の顔を見ても、孫が声を掛けても表情がありません。お母さんの孫と曾孫だよと知らせると、混乱するのか両手で顔を覆って泣いてしまいます。戸惑っている母も可哀相だし、短い日程の中で母を訪ねてくれた息子家族にもすまなくて、その日はほうほうの態で母の元を辞しました。

後で考えれば、いつも自分の席についている母のところへ訪問者が近づいていくのに、このときは私たちのほうが先に母の席の周りにいて、あとから母が近づいてくるという変則な形だったため混乱してしまったのだろうと気付きました。いったんデイルームの外に出て母の戻るのを待ち、そのあとで行けば良かったと思いましたがもう後の祭りです。

その後息子たちは嫁の実家の方に移動し、私はまたひとり暮らしの日常に戻ったので、早速母に会いに行きました。早く「私のことを認識している母」に訂正上書きしないと落ち着かない気持ちです。ホームではお正月の催しらしく二人羽織の真っ最中でした。男性スタッフが背中のスタッフにお化粧をされて顔を口紅で真っ赤にしています。大半のお年寄りがデイルームの中央に丸くなってスタッフの演じる二人羽織を見物していますが、母はいつもの場所にいました。もうこうしたことを楽しむこともできなくなっているようです。それでも今日は私のこともちゃんと分かったし、いつものように「子どもたちがいたときと違って一人なんだからくれぐれも身体に気をつけて・・・」と私を気遣ってくれる母でした。