よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

『蜜柑』芥川龍之介

『心洗われる話』の第一作が『蜜柑』でした。先週の月曜日、朝の駅のホームで読み始め、帰りの車中でもう読み終えてしまうほどの短編ですが、電車の座席で私はあやうく涙を落としそうになりました。

正直なところ、今まで芥川龍之介という作家の何がすごいのかあまり分かっていませんでしたが、この短編を読んで僅かながら納得がいったような気がします。冒頭の、主人公の心情への引き込み方や、動き出した列車から見るホームの様子の切り取り方の鮮やかさ。発車間際に慌しく乗り込んできた、貧しい身なりで垢抜けぬ田舎者丸出しの少女の下品な顔立ちや不潔な服装への嫌悪感を辛辣に綴る。おまけにその少女は今トンネルに入るという時になって窓を開けます。「煤を溶したようなどす黒い煙がもうもうと車内へ漲り、元来喉を害していた私は息もつけないほど咳き込むはめになるが、小娘はそんな私に頓着する気色も見せない・・・」と少女の不快さを容赦なくあげつらいます。

この部分の描写が冷たく手厳しいだけに、そのあとの鮮やかな場面転換、主人公の少女に対する気持ちの変化が劇的に読むものの心を打ちます。ページ数にして僅か5ページの小品ながらなんという存在感。近頃の作品にはいかにも枚数稼ぎと思われる冗長な描写や、不要と思われる会話の乱用(ページの大半が白い)が見受けられたりもしますが、物語が消耗品になる前の時代の、素晴らしい宝物に出合った気持ちになりました。