よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

立ち木の陰から見守る『親』の心境?

先週の母の引越しまでの日々、「これさえ乗り越えればあとは楽になるから・・・」と自分を励ましつつ過ごしていたのは甘かったと、今更ながら思います。毎日母のことが気になってなりません。私の顔を見るとかえって良くないようだから、慣れるまで行かないことにしようと思いましたが、心配でならないので離れたところから様子だけ見てくることにして出掛けました。

長椅子にすわってグッタリうつむいている母。でも職員の方は、だんだん落ち着いてきていますよとおっしゃってくださいました。食事も食べられるし、夜も良く眠れているとのことです。徐々に新しい生活に慣れていってくれるであろうことを祈るしかありません。母が私のほうを向きそうになったので、思わず職員の方の陰に隠れました。もう少し軌道に乗るまで顔は見せないようにした方がいいでしょう。でも、こうしているうちに私の顔を忘れてしまうようなことになったらどうしよう、という不安も頭をよぎります。子育ては辛いこと大変なことがあっても、子どもが必ず成長していく希望の持てることですが、年寄りを見ることは確実に死に向かっていくことであり、今の努力が現状を改善する方向に働くかどうかも分からず、切ない作業です。