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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

あえて治療を控える選択も

新年早々風邪をひいてしまったり、先週末は用事があったりで、しばらく母の所に行けずにいたら、今日会社にグーループホームの看護師さんから電話を戴きました。マッサージで治った右足指の間にまた褥瘡ができそうな気配になってきたので、皮膚科で受診したとのこと。その際、足の爪も水虫で変形しているので飲み薬を出しましょうかと言われたのですが、どうしますかとの相談でした。

何週間か薬を飲み、間を空けて血液検査で効果を見てまた投薬・・・と、結構長くかかるしそれなりに治療費もかかることなので意向を聞きたいとのことでした。始め私はお手数でもお願いしようと思ったのですが、施設長の方のご意見では、現状でも痛みがあるわけでもないし、他にも同じような状態の方が何人もいるけれど、70代くらいの比較的若い方は治療しましたが、高齢の方は、血液検査とか本人に負担も結構かかるし、無理に治療しなくてもいいのではということでした。

そういえば、去年友人の医師に診てもらったときも血液検査があり、血管を捜すのも簡単ではなく、やっと見つけて針を刺しても、血液も絞り出して絞り出してやっと採るような感じで、見ていて辛かったことを思い出しました。もう以前のようにパンプスを履いて(我が家にいた頃は80代でしたが、おしゃれな母は低いながらもパンプスを履きたがる人でした)外出できるわけでもなく、爪が少々厚くなっていても痛い思いをするわけでもないので、そちらの治療はやめることにしました。


今まで世間を見ていて、余計な治療や手術が多すぎると思うことがしばしばあり、これでは医療保険が赤字になる訳だと思ったものでした。医者にかかるまでもないような病気でも簡単に医者に行ったり、十分人生を生きてもうとっくにおつりのような年齢の人に、何百万もかかる(資産状況によっては本人負担は大したことないようですが)ペースメーカー手術をすることもあるようです。医者は治す方策があれば治す努力をする、延ばせる命は延ばす努力をするのが仕事なのでしょうが、相談された家族は治療を「控える」という決断も必要だと思います。何が何でもお金をかけ、医学の粋を尽くして延命するだけが本人の幸せだとも言えません。

普段そんなふうに考えていた私ですが、自分自身に母の治療で相談が投げかけられると、うっかり「治さねば!」という選択をするところでした。施設長さんの的確なアドバイスで冷静に考えることができました。


今週末は母に会いに行こうと思っています。マッサージも今月からまた毎週にしたので、何とか足指に褥瘡を作らないで春を迎えたいと思います。