よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

春を恨んだりはしない

この9月11日に出版されて、同じ月の末に再版を重ねている池澤夏樹さんの東日本大震災についての本です。

今までもずっと行動する作家であり、人間や社会のあり方などについて発信し続ける作家であった池澤さんらしい本です。そして、この本について言えば、作家と言うよりむしろ物理学を学んだ理系の方らしい、冷静沈着で論理的思考が強く出ています。あえて情を抑えて、淡々と書こうとしているように感じます。情に溺れたり美談を掘り出して称えたりすることによって、それだけに流されてむしろ大切なことを見失わないようにという、強い意志を感じます。

写真やあとがきを入れても123ページの薄い本です。しかも震災後いろいろな新聞や雑誌に掲載された文章を、編集しなおして再録しています。でもこれだけのものに纏めるのにどんなにか時間がかかったことだろうと思います。かつて視覚障害者のために音訳図書を作っていたとき、悲しいお話を読むと感情が高ぶって声が震えて困りました。音訳は朗読と違い、読み手の感情や演出を入れてはいけません。利用者が自分の好きなように想像して楽しむのを邪魔しないためです。それで、悲しい場面でも淡々と読むためには、何度も何度も下読みをして、感情に流されないようにしなければなりませんでした。池澤さんはこの本をこのように静かな本に仕上げるためには、溢れる感情をどんなふうに制御なさったのでしょう。

これからも折々に読み返し、私たちがどんなふうに震災後の時間を生きていくべきか、深く考えなければいけないと思います。地震津波は自然災害ですが、原発の事故は、ふんだんに電気を使って快適な生活をむさぼり、原子力発電について深く考えないままにしていた日本国民ひとりひとりによる人災に他なりませんから。