よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

南極大陸

いよいよ始まりましたね。ドラマのTBSが制作費もたっぷりかけたであろう大作新番組。昨日は拡大枠で百二十数分あり、終わったら1週間の仕事に備えて大急ぎで寝ましたので、本日少々感想をしたためたいと思います。

まず日本初の南極観測船となった宗谷の改修工事で、試運転時にドラマのような情けない事故が本当にあったのかというような技術的な問題は、その方面に詳しい方々にお任せします。

また主人公の木村拓哉が髪型や服装といった外観の点で、まるで終戦間もない頃の雰囲気ではなかった(柴田恭平さんもこの点でちょっと残念)ことも今回は措くことにします。

言葉が気になる私としては、やはり台詞について考えてみたいと思います。

一番残念だったのは、宗谷が試運転で事故を起こしたため改修工事が当初予定に間に合わず、南極観測を断念せざるを得ないということになった時、主人公の倉持がこの計画には日本中の子どもたちの夢と希望がかかっている・・・と熱っぽく語ってその場にいる大勢の関係者たちを説得する場面です。最も重要な場面の一つだったと思うのですが、その重要なセリフの中で、「戦争に負けて自信をなくしている日本が、これから世界を相手に堂々と渡り合っていけるように・・・」という(細部は少し違うかもしれません)部分があるのですが、これをキムタクは「渡り歩いていける」と言ったのです。

「渡り合う」と「渡り歩く」では全然意味が違ってきてしまいます。脚本がこうなっていたのならもう言語道断ですが、キムタクが間違えたのなら、なぜ撮り直しにならなかったのでしょう。確かに長い台詞でしたので、まったくとちらずに演じるのは大変でしょうが、でもすごく大切な場面です。ささい(ではないのですが)なミスが見ているものの気持ちをスーっと冷めさせてしまいます。

あと2〜3気になったのが、「なので」という接続詞です。順接で話が繋がる時に文頭で「なので」という接続詞を使うようになったのは、私の記憶ではほんの何年か前から、しかも大半は比較的若い女の子だと思います。あの時代の、しかも大学で学問を教えている立場の人にはとても不自然です。「それって」という言い方もしていました。これも比較的新しい言い方です。

他の出演者にはこうした言い回しがなかったように思う(単に主役で台詞が多いから目立っただけかもしれませんが)ので、もしキムタクがこういうほうが自然じゃん!と思って自分で変えて言っているのならとんでもないことですし、演出家は当然直させなければいけないでしょう。

時代劇くらいになるとさすがに感覚的にわかる範囲ではないので、これくらいの間違いはいっぱいあるのかもしれませんが、タロとジロの話くらいだと、「ああ、懐かしいあの時代!」と楽しみに見ている人もいっぱいいる(何を隠そう、私もそのひとりです)と思います。それだけにチェックしてもらおうと思えば人材も豊富にいることでしょうから、ぜひ言葉も時代考証の対象にしてほしいと思います。


それにしても出番は全て丸々太った赤ちゃんをおんぶしていたハルオくん。よくがんばったね。港ではおんぶのまま走るシーンもあって大変だったね。転んだらどうしようっておばあちゃんはドキドキしちゃったよ。あの時代ハルオくんみたいなけなげな子が日本中にいっぱいいたんだけどね。私も私を生んだ後お母さんが病気をしたので、8つ違いのお兄さんが近所の仲間と遊ぶ時も、いつも私をおんぶしてくれてたらしいのよ。それでも他の子と対等に「渡り合った」とよく自慢していました。お陰で背が伸びなかったと文句も言ってました。初回特番の一番の殊勲賞はハルオくんにあげたいくらいです。