よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

季節の風景

夕方、営業さんたちが集金してきたお金をATMで入金した帰りにふと空を見上げると、頭上にすっかり紅葉したハナミズキの枝が広がっていました。明るい時にはまるで知らずにいて、葉の赤い色がやっと判別できる程度の薄暗がりで気付くとは・・・。明るい時は何か別のものに気を取られているのでしょうか。

今朝は駅に向かう道で時々すれ違う年配の女の方が手にキンモクセイの枝を持っていらして、いつものように「おはようございます」と声を掛けると、返事とともに「これ1本あげましょう。どうぞ」とその枝を差し出されました。むき出しのキンモクセイの枝を持って電車に乗るのも気が引けるので、せっかくですがとお断りして別れました。そういえば、花の香りは薄暗がりでよく香ります。夕方は湿度が上がるからでしょうか。でも暗い方が花という映像の方に注意が向かわない分、よりしっかりと嗅覚が働くのかもしれません。

街路樹のモミジもイチョウもこれから日に日に色を変えていきます。木々は自分の葉をせっかく時間をかけて綺麗に染めるのに、中に作った成分を結局は葉っぱとともに地面に落としてしまいます。なぜ紅葉なんてするんだろう。もしかしたら根元に落とした葉っぱが腐葉土になる時に、紅葉してできた成分が特殊な栄養に変化するのかしら。だとしたら現代の木々はかわいそう。ほとんどアスファルトですから葉は土に帰ることもできず風に吹き飛ばされたり、ゴミとして処分されてしまうのですから。

帰宅後またネットで調べました。そうしたら意外なことに、紅葉の進化的機能についてはまだあまり分かっていない(ウィキペディアによる)のだそうです。ただ一部のアブラムシに対して「自分は耐性が強いから寄生してもだめだぞ」という、免疫力を誇示するハンディキャップ信号の働きがあるらしいという説があるようです。星新一さんのショートショートに確か植物が高い知性を持っている話があったと記憶していますが、木のほうにしたら、意味なんてないよ、ただ秋にはちょっとお洒落をしたいじゃない、ってだけかもしれません。