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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

男女七歳にして・・・

介護

今日は体育の日、三連休の最後の日です。休日の醍醐味、NHK朝のドラマ「カーネーション」をリアルタイムで見ました。女学生に成長したヒロインの糸子が、大好きな裁縫を家で早くしたくて女学校が終わるやいなや飛んで帰る道で、幼馴染の勘助とすれ違うシーンがありました。それを見てふと母が昔よく話していたことを思い出しました。

母が女学校に通う頃は通学路まで決まっていて、男子と女子は同じ道を通らないようになっていたのだそうです。それで母に付文(つけぶみ、つまりラブレターね)をしようとする男の子は、男子は通っちゃいけないはずの女子の道でこっそり待ち伏せしてて手渡したというのです。そんな男女の間が遠い時代でしたが(それゆえよけいに思いが募るということも?)母は結構もてたようです。そして男女交際が自由な時代なのに、私がいっこうにボーイフレンドのひとりも家に連れて来ないと、しきりに嘆くのでした。うちでは姉も兄もやはり結構もてたようで、私だけがまるでそういうことと縁がありませんでした。私のすぐ上の兄は13歳で天国に召されてしまったため、恋だのお付き合いだのということも知ることはありませんでしたが、もし生きていたら、スポーツマンでフェミニストだったし、やっぱりもてたのではないかと思います。


その、付文をしばしばもらったという母のところに行って来ました。エレベーターを出るとすぐ目の前がデイルームの大きな窓で中の様子が見えるのですが、今日はいつものソファに座った母の顔に笑顔が見えました。去年あたりから今年の半ばまで、ほとんど見ることのなかった顔です。グループホームに入居することになっても、持ち前の前向きで明るい性格から、いつも「みんな良くしてくれるしとても楽しい」と言い、入居者の代表で近所の小学校の行事に参加した話などを自慢げに話してくれていました。ところが、去年九十余年の人生で初めての入院をしたあたりからさすがに元気がなくなり頭にも徐々に霞がかかってきたようで、言葉が少なくなり表情もだんだん乏しくなってきて、私は会いに行くたび切ない思いをしていました。自信過剰気味だけどとびきり強くて明るい人だっただけに、その変化はより鮮明に感じられました。

今日は特に体調のいい日だったのかもしれませんが、でもこの何ヶ月かを見てきて、マッサージを始めてから明らかに、足のむくみだけでなく身体全体の調子が良い方に向いてきていると感じます。94歳の人にとってこれは素晴らしいことです。状態が落ちないように保つのでさえ大変なのに、向上したのです。「お母さん、若返ったみたいよ」と言ったら、「冗談じゃないよ、もう早く(お父さんのとこに)行きたいのに」ですって。

「でもせっかくだから、この際100歳目指そうよ、日本一の長寿もいいじゃない。テレビが取材に来るよ」と言って来ました。目立ちたがりだから、その気になっちゃうかも・・・です。