よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

花粉症スタート

母のところへ行こうと出掛けました。日差しは強いけれどさらっとした風が強くこの間までのような蒸し暑さは消えて快適です。もうすぐ駅という信号のところに交番があるのですが、その敷地の周囲は結構草が伸びています。おまわりさん、もう少しまめに雑草を取りましょうよ。ファッ、ファッ、ファックション!ほら、とうとう始まっちゃったじゃない、秋の花粉症。ここの草むらにヨモギがいっぱいなのです。まあ、どっちみちどこかでスタートするんですけどね。今年は少し遅い始まりのようです。駅のホームで鼻水がジンワリ。でも電車に乗ってしばらくすると収まりました。あまりひどくならずに済むといいのですが・・・。


我が家の息子たちは子どものころからアレルギー性鼻炎で辛い思いをしていたようですが、私はその大変さをまるで分かってやれずにいました。長男が小学校5年生くらいの時、「授業中とにかく早く鼻をかみたくて、早く授業が終われってそればかり考えてる」と言ったのにびっくりしました。そんなに辛かったんだ、勉強どころじゃなかったんだ、と大変ショックでした。耳鼻科にも通いましたが、薬で症状は抑えられますが止めればまたもとの木阿弥。長男はハウスダストなどがアレルゲンの通年性だったので、年がら年中薬を飲んでいるのも少々不安で、薬局をしている知人の勧めで漢方による体質改善というのをすることにしました。

几帳面な性格の長男は、少々面倒な漢方薬2種類(ニンニクエキスをカプセルに入れるのは私もちょっと面倒でした、失敗して手につくととっても臭いし)を指導されたとおりにキチンキチンと飲み、また極力水分を控える、清涼飲料水はご法度、などという注意も真面目に守って、1年以上はかかったと思いますが、体質改善に成功しました。次男も一緒に始めたのですが、長男のようにきっちりやれない性格のうえ、私も当時は猛烈に忙しかったためきめ細かく対応してやれず、三十過ぎた今も相変わらず花粉症に悩まされています。スギにカモガヤなので、春から初夏まで長丁場です。

大分遅れて私も秋の花粉症になり、比較的軽症ですがそれでも十数年の間に2〜3度は、水のようなハナが垂れっ放し、鼻はムズムズ目はかゆい・・・という年があって、ああ、息子が言っていた「鼻をもぎとりたい」っていうのはこういう感じだったんだ、と息子たちの苦しみが少しだけ分かった気がしました。


花粉症だのアレルギーだのと言うのは好き嫌いをするからなるんだとか、根性が足りないからだとかいう人(たいてい年配の人)がいますが、さまざまな身体に害を及ぼす物質の影響を、早い段階から(一番早いのは母親の胎内から)受けてきている若い人ほど、発症する率が高いだけのことだと思います。

ささいなことでも、自分で経験してみないとなかなか本当にその大変さというのは分からないものです。人の身になって、というのも所詮自分の経験の範囲や自分の思考方法でしか想像できません。一人の人間の経験することなど高が知れているので、せめて想像を助ける道具を増やすには、本を読んだり謙虚に人の話を聞いたりすることが大切なのだろうと思います。子どもが「鼻をもぎとりたい」と言った時、私は内心少々大げさな表現と感じましたが、後にしみじみ言い得ている!と深く共感しました。何事にも考えの足りない私が、その時その気持ちを軽はずみに口にしないで良かったと今胸をなでおろす気分です。

それにしても、子孫を残そうとする命の自然な営みを悪者にしてしまった花粉症というもの。花粉のできないスギを作り出すという、まったく自然に反する解決方法で本当にいいのでしょうか。さらに手痛い自然からのしっぺ返しを受けるということにはならないかと心配です。