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よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

母に会いに行く週末 

今日も行って来ました母のいる青葉の家。途中バスが柿の名産地を通るのですが、前回はまるで気付きませんでしたが、今日は大分大きくなった柿の実が目に付きました。季節は確実に進んでいるのですね。(何週間か前にひまわり畑だったあたりです)

いつものようにデイルームから母の部屋まで手をつないで行きます。わずかですが前よりいっそう足取りがしっかりした感じです。そして足のマッサージを始めると、間もなく母はスースーと寝息を立て始めました。先々週は途中から「痛いからもういいよ」と何度もさえぎろうとしたのに、傷も治り痛みがなくなって本来のマッサージの心地よさを感じられるようになったのでしょう。左足の指はかなり柔らかさが出てきて、指と指の間もマッサージできるようになりました。少し前までは固まったようになってしまっていて、指の間に私の指を滑り込ませることもできないくらいだったのです。右足は褥瘡があった方で、左より少々状態が悪くまだまだあまり指の間を刺激できるところまではいきません。ハーブのクリームを塗って、指の頭や裏を刺激するのがやっとですが、以前は痛がるので触ることすらできませんでした。

帰りのバスの時間(15:22で最終です!)の頃合をみて終了。母に声を掛けると、「あ〜気持ち良かった」と言いました。「前は痛がってたけど、悪いところが治ったから気持ち良くなってきたんだよ」と私が言うと母も嬉しそうににっこりしてウンウンとうなずいていました。今日は頭の霧も割合晴れていたようで、私の二人の息子(残念ながら名前は出ませんでしたが)が元気にしてるか聞き、長男の子どものことも「大きくなっただろうね」と口に出ました。

一緒に暮らした兄の子たちや、里帰り出産をしそのあとも数ヶ月ごとに帰っていた姉の子たちに比べると、親の大反対を押し切って結婚した私は、里帰り出産どころではなく、実家に行くのも1年か2年に一度がやっとでしたから、うちの息子たちはほとんど母の知らないうちに大きくなってしまったという感じでしょう。その一番母と関わりが少ない孫たちが、いまこうして霧のかかってくる母の脳裏におそらく一番頻繁に浮かぶというのも、私が母の世話をすることになったお陰でしょう。

自分大事の人で自信過剰で、嫌な自分を鏡の中に見るようで、ある年齢から好きになれなくなった母でした。母が死んでもきっと私は泣きもしないだろうと思え、そんな自分がまた嫌でした。なのに近頃の母は、私が行くと忙しいだろうから来なくてもいいよと言い、雨は降っていないか、濡れないうちに帰りな・・・と私を案じてくれます。青葉の家に入ってから寂しいと思うことだってなかったわけではないだろうに、一度も寂しいとも帰りたいとも口にしません。足りないものはない?困ることはない?と尋ねてもひとつだって欲しい物を言ったこともありません。今日は帰りのバスの中で急にこみ上げてくるものがあって、目頭が熱くなってしまいました。



我が家にいた頃の母とひまご