よんばば つれづれ

民主主義を機能させる、自立した「ひとり」でありたい

42年ぶりの決勝戦

おばんです。(津軽弁で「こんばんは」)今日は会社の飲み会で、ホテルのディナー・バイキングに行って来ました。料理の種類が少ない、味も良くない、うるさい演歌(地元出身の歌手らしいが、見たことも聞いたこともない人)のおまけつきで、商売上の付き合いもあってチケットを購入したのだし、身銭を切った訳でもないので文句を言う筋合いではありませんが、ちょっと残念な企画でした。

と、そんなことはどうでもいいことで、高校野球です。青森県代表の光星学院が決勝に進出しました。42年ぶりだそうです。42年前と言えばあの太田幸司投手の三沢高校ですね。あの時は決勝戦延長18回を戦っても0−0で、翌日再試合で三沢は敗れました。太田投手は準々決勝から連続45イニングを1人で投げぬき、混血特有の端正な顔立ちも相まってまさに「悲劇のヒーロー」として強く人々の記憶に残りました。当時は私もちょうど高校3年生。将来自分が青森県民になるなどとは夢にも思っていませんでしたが、三沢を一所懸命に応援した記憶があります。

三沢高校はもちろん三沢市、今回の光星学院八戸市にあります。どちらも青森県の東側、三八上北(さんぱちかみきた)と言われる地方で、じつは青森では津軽とこの地方とはとても仲が悪いと言われています。私の舅などは八戸の人の話題などが出ると「へっ、南部もんが・・・」とまるで鼻も引っ掛けないという感じでした。もともと八戸や三沢などのある地方は南部藩弘前や青森の津軽藩とは国も違えば言葉も文化も違ったらしいのです。もしかしたら津軽の人たちは高校野球で華々しい活躍をするのがいつも南部の方の学校で、悔しがっているのかもしれません。でも、俄か青森県民だった私には歴史的な根深い南部と津軽の確執など分かりませんので、青森県勢が決勝に進むことが単純に喜ばしい気持ちです。

私がいた頃、野球好きな人たちはよく、雪に閉ざされ思うように練習できない期間が長く、また有力な指導者を引っ張って来るような力もないため、なかなか野球のレベルアップが出来ないと嘆いていました。この頃では青森山田とかこの光星学院などの私立高校では有力選手をスカウトしたり、また選手自身も強豪校で補欠で終わるよりも地方のそれほど有名でないところで一軍で活躍するほうを選ぶことが増えてきて、大分事情も変わってきたのかもしれません。私が青森県民として高校野球の応援をしていた頃は、「甲子園で1点取る!」ということがまず第一の目標でした。「勝つ」ではなく、「1点取る!」です。それを思うと隔世の感ですね。

明日の決勝戦、光星学院日大三高どちらも悔いのない良い試合をしてほしいと思います。
・・・でも正直言うとやっぱり青森に優勝させたい。今年は東北勢の年になるのでは?なってほしい!!!